重なる面影



さて、数日前に時化のち凪、時々潜水艇なんてことを俺は言ったわけだが、この前の夜は吹雪、時々桜だった。

で、今日はと言うと、


「晴れ、時々蒸気。一部地域ではオカマが現れるでしょう…」
「おいクソネコ。変な予報すんじゃねえよ」
「予報じゃねえ。警報だ」
「質の悪ぃ警報だな」


ひそひそと声を下げて言葉を交わすサンジと俺。ダイニングの窓からそろり、と覗いた先には大柄のオカマがくるくると回っていた。そしてお互いに、げっそりした顔を見合わせる。


「見たか?」
「ああ」
「出るか?」
「冗談」


俺の問いにそう答えると、サンジはいつものように煙草に火を点けて座り込んだ。その横で俺は頭だけ覗かせて様子を窺い続ける。オカマは相変わらず、くるくると回っていた。


そして少しの間、沈黙が続いた。部屋に響くのはサンジが煙を吐く音ばっかりで、あとは時折聞こえる窓の向こうの笑い声だけ。

あ、ルフィが殴られた。


(…と思ったらオカマの顔がルフィになった。面白えー)


どうやらあのオカマも悪魔の実の能力者らしい。何の能力なのかはよく分からないが、とりあえず自分の顔を変えられるみたいだ。






「おい、クソネコ」
「…あんたさ、いい加減その呼び方やめらんねえの?」


俺にはライっていうスモーカーさんがつけてくれた素敵な名前があるっていうのに。失敬な奴だなホント!


「うるせえ!ヤローの名前なんざいちいち覚えてられるかよ!」


…とはサンジの言い分。俺はずいっと近付けられた煙草に顔をしかめつつ、サンジを睨んだ。サンジも負けじと睨み返してきたが、なぜか「いや、そうじゃなくて…」とか言葉を濁して目を逸らされた。

どうにもいつもと雰囲気が違う。これは茶化さない方が良いか?と空気を読んだ俺は黙ってサンジが話し出すのを待った。俺、偉い。


「あー…お前、ビビちゃんの一件が終わったらこの船降りつもりだろ?」
「まあ、確かにそのつもりだけど…。俺、サンジに言ったっけか?」
「なんとなくだ」
「なんとなくか」


どうせ後で皆にも言おうと思っていたことだし、サンジのその問いには適当に返しておいた。だけどサンジは未だに普段と違う雰囲気のまま。なーんか重い。重たい。空気が。

一向に変わらない空気に、俺と目を合わせようとしないサンジ。これはあれか、俺が見てるからいけないのか?なら俺はオカマ観察でもしててやるからさっさと用件を言ってくれ。俺、こういう空気慣れねえんだよな。


「…他の連中には話したのか?」
「ゾロにだけ。あいつ、俺のことやたらと警戒してたからな」
「今はそれほどでもねえだろ」
「サンジが言うんならそうなんだろうな」
「なんだそれ、気色悪ぃ」


うえっと吐き出すような声を上げてサンジは顔をしかめた。ははは、ケンカするほどなんとやらって言うからなー。案外仲良いだろ、あんたら。…とは口には出さない。言ったら絶対蹴られる自信がある。


「クソネコ」
「あのなあ、ちげえって何回言えば分かるん…」
「何か食いたいもんあるか?」
「…なんで」
「良いから」


今日のサンジはとことん気持ち悪い。思わず二度見するくらい気持ち悪い。あ、鳥肌立ってきた…。

じゃなくて、食いたいもんだっけか?ああ、なんだろな。サンジの飯はいつも美味いからなあ。…ルフィが食い尽くしたせいで今は食糧難だけど。

そうだなあ、俺はとりあえず…。


「美味いシチューが食いたい」


体の芯からあったまるようなシチュー。今はもう冬島の気候は抜けたけど、シチューが食べたい。寒い暑いは別。俺は単純にシチューが好きなんだ。

サンジは俺の答えを聞くと立ち上がり、吸い終わったらしい煙草を携帯灰皿に押し込んだ。そして、俺の頭を押し付けるように撫でて顔を逸らす。


「それじゃあ、てめえがこの船降りるまでに最高に美味いシチューを食わせてやる」


ぐしゃぐしゃと髪を混ぜる手は乱暴で、口調だってぶっきらぼう。そっぽを向いたサンジの顔は、押さえ付けるように乗せられた手のせいで見ることが出来ない。

あーあ、あんたホントに馬鹿だよ。そんなん言われたら余計にこの船降りたくなくなるのにさ。なんで分かんねえかな。


「とりあえず、期待はしといてやるよ」


サンジの言葉がちょっとだけ嬉しかったってのと、頭を撫でる手がスモーカーさんに似てたってのは、死んでも言ってやらねえ。



重なる面影


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