お医者さんは怖い



やけにぼんやりする頭を捻って考える。視界に映るのは本棚や机に、医療器具らしきもの。まあ、とりあえず見覚えのない風景がそこにあった。

あー…覚えてるのは、ルフィ達担いで城の中に入って、診察の邪魔にならないようにって隅っこに座って、それが終わってドクター達がどっかに行って…。

そうだ、それからまたしばらくしてドクターがホットミルクを持ってきてくれたんだ。で、それをありがたく頂いて…。


「そっからの記憶がねえな」


頭の後ろをガシガシと掻き、なぜか寝かされていたベッドから降りた。ブーツは脱がされてるし、ウソップに借りた上着は近くの椅子に掛けられている。が、俺にはどれも脱いだ記憶はない。一体、誰がこんなことを…って、ドクター以外に考えらんねえんだがな。理由が分からん。

起きてたって別に悪さしたり邪魔したりする訳でもねえのに、と右に左に頭を捻る。結局考えても分からない、という結論に至り、ならこの部屋を出るかと身支度を始めた頃、後ろから聞き覚えのある声が響いた。


「ヒッヒ。なんだい、もう目が覚めたのかい?」


噂をすればなんとやらと言うか。上着の袖を通していたら背後からドクターの声が響いた。


「俺、どのくらい寝てた?」
「四時間弱だよ。もう少し起きないかと思ったんだがね」


薬が足りなかったようだ、と悪びれた様子もなく言ってのけるドクターに、俺は苦笑いを返すのが精一杯。文句の一つも言えなかった。いや、ここまでさらっと言われるとな、逆に何も言えなくなる。

…あ、そんなことよりもっと大事なことがあった。


「あいつらは?病人一人に怪我人二人」
「もうピンピンしてるよ。まったく、呆れる程の回復力さね」
「はは、それは何よりだ」


ドクターは心底呆れたと言うように溜め息を吐いたけど、反対に俺の頬はへにゃりと緩んだ。あー…皆助かって良かった。

俺は早く三人の顔を見に行こうと思い、扉の方へ体を反転させた。が、なぜか視界までも反転。さっきまで部屋の入り口が見えていたはずなのに、今は天井とドクターが見える。

倒れ込んだ反動でベッドが弾み、ドクターの長い髪が俺の顔に掛かった。

…え、これ、どういう状況?


「誰が行って良いと言った?」


首筋に突き付けられたメス、鋭く光る眼光。そっから導き出される答えはドクター=本気(マジ)。つまり、逆らうべからず。

俺は引きつりそうになる口で、なんとか「すみません」という言葉を絞り出した。

そんな俺の反応を見たドクターは、突き付けたメスを器用に回しながら不敵に笑う。一瞬、本気で殺されるかと思ったが、分かればよろしい、と言ってそのままメスをどこかに仕舞った。


「あんたには医者として、いくつか聞きたいことがある」
「医者として…?」
「そうさ。問診しなきゃ分からんこともあるからね」
「問診て…。俺、患者でもねえの、に…」


頬を掠めてメスが飛ぶ。一瞬遅れて壁に刺さったような音が耳に届き、頬に小さな痛みが走った。え、えー…。


「馬鹿言うんじゃないよ。あたしが診た患者は“あんたも含めて”病人二人に怪我人二人。治療はチョッパーがやったのもいるがね」
「え、俺も病人?」
「低体温症に軽い不眠症。立派な病人だよ」


低体温症は散々言われてたから分かってたけど、不眠症もか…。昨日今日はたしかに寝付きが悪かったけど、始めは割とちゃんと寝てたはずなんだがな。

でも、なんでそんなのが分かった?と聞けば、


「あんたの体は半分寝てるんだよ。体温が下がったままなのはそのせい。あとは目の下の隈さね」


と、簡潔な答えが返ってきた。まあ、そんな訳でドクターによる問診が始まった。


Q.寝れなくなったのはいつ頃からだい?
A.ここ2、3日じゃねえかな。寝付きが悪くなったのはたぶん、一週間くらい前から。

Q.何か理由に心当たりは?
A.スモーカーさんがいないから。あ、あと慣れない船旅とか?

Q.…スモーカーってのは、あんたの恋人かい?ガキの癖に生意気だね。
A.いや、スモーカーさん男だから。俺の上司で命の恩人で名付け親。

Q.そのスモーカーってのが男ならあんたが恋人でもおかしくないだろう?
A.いや、だから…って、え?


問診がいつの間にか別のものに擦り替わった頃、ドクターはしてやったりとでも言いたげな顔で口角を吊り上げた。


「なんでそんな格好してるのか、あたしゃ知らんがねえ。“小娘”?」
「え、ええ…!?」


なんで!いつバレた!?サラシは!?…してる!巻き直されたって訳でもないみてえだし…。

わたわたと自分の体に手を当てて確認するも、分からない。その訳が分からないって顔のままドクターを見たら、ドクターは軽く鼻で笑ってこう答えた。


「あんた、あんまり医者を嘗めるんじゃないよ?」


つまりそれは、医者だから分かったという意味で。俺は一拍遅れて出た答えを、何の疑いもなく口にする。


「脱がしたのか!?」
「違う!」
「え、聴診器とか使うのに、こう…」
「はあ…」


そういう意味じゃなくてだねえ、と溜め息を吐くドクター。俺はやっぱり分からなくて首を傾げる。

すると、ドクターは俺のサラシで潰されて真っ平らな胸に拳を当てて言った。


「最初にあんたにちょっと足を当てた時だよ」
「“ちょっと”?」
「なんか文句でもあるのかい」
「い、いえ…」
「まあ、その時に骨格が女だって分かったのさ」


医者を嘗めるなってのはそういう意味さね。

そう言って手遊びでもするようにメスを弄るドクターは、どちらかと言うと賞金稼ぎとか海賊とかそっちの類いの人のようだなと思った。



お医者さんは怖い


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