結局、役立たず



「…なあ、ホントに来るのか?」
「来るさ。バカだからな」
「おれ、バカに付ける薬なんか作れねえぞ」
「そりゃおしいな。あったらぜひ欲しかったのに」


ま、お前は病人の方だけ診てくれればいいさ、と俺は笑う。チョッパーは一瞬、目を見開いてから病人なら任せてくれと力強く頷いた。

それからまたしばらくの間、二人で引っ付いてルフィ達を待った。俺が舟を漕ぎ始めるとチョッパーが小突いて起こし、体温を計るを繰り返す。そろそろ俺の体温も危ういらしく、チョッパーは頻りに顔を顰めていた。


「ライ、そろそろ城に…」
「じゃあ、あと10分な」
「…5分」
「じゃあ8分」
「はあ…分かった。あと8分したら…」


城に入るんだぞ。

たぶん、そう続くはずだったんだろうが、チョッパーの言葉はそこで途切れた。一方を見つめたまま、チョッパーの小さな耳が何度も揺れる。

はじめはその行動の意味が分からなかったが、すぐにはっとして立ち上がる。じっと目を凝らしても、雪が吹き荒れるばかりで何も見えない。無意識の内に走り出そうと足を動かしたが、寒さで感覚が麻痺して上手く動かせなかった。

雪に足を取られて、強風に煽られて、もがくようにしてその方向へと走った。チョッパーも無言で俺の隣に並ぶ。息は乱れるし意識は朦朧とするしで、なんでか俺の方がぶっ倒れそうになっていた。ホントになんでだ。

まあ、それでも走って、走って、頂上の縁(ふち)まで来て、あいつらの姿を見たらそんなもんは全部どこかに吹っ飛んだ。


「ルフィ…!!」


ああ、やっぱりこいつは馬鹿だ。とんでもない大馬鹿野郎だ。

何があったか知らねえが、ルフィもサンジも傷だらけでサンジに至っては意識もない。ナミは相変わらず苦しそうだし、ルフィは上着も着てねえし…。


「ああクソッ。お前が大馬鹿野郎でホント良かった…」
「ライ、縁はほとんど雪の塊で脆くて危ない。もう少し内側に運ぼう」
「…分かった。チョッパーも手伝ってくれるか?」
「うん」


そう言って(たぶん)人型に姿を変えたチョッパーは、俺なんかより一回りも二回りもでかかった。おれはこっちの二人を運ぶから、ライはそっちの男をと言われ、サンジを背負う。正直、紐でがっちり結んであるルフィとナミをまとめて運ぶほどの自信はなかったからありがたい。


「病人だけじゃなくて怪我人二人も増えちまったが…治せるか?」
「容体をちゃんと診るまではまだ…何とも言えない」
「じゃあ、このまま城まで運ぶか」


止めようとした足はそのまま城へと向け、二人並んで歩き出す。そのすぐ後ろで雪が崩れ落ちて行く音がした。…あのままだったら、三人とも下に落ちていたところだ。チョッパーには感謝しねえとな。


「でも、まさか素手でこの山を登ってくるなんて…」
「馬鹿なんだよ、そいつ」
「…そっちの男、たぶん意識を失ってからだいぶ時間が経ってる。きっとこの麦わらの男が抱えてきたんだ」
「人二人背負って、ね…。流石はキャプテン、とでも言ったとこか?」


最早呆れて物も言えねえよ。

そう言って俺が溜め息を吐くと、チョッパーが驚いたような顔で俺とルフィとを交互に見た。


「こいつ、船長なのか?何の船に乗ってるんだ?」
「あ?言ってなかったか?」


こいつら海賊だぞ。

島に入る時に散々揉めたからかな。チョッパーにも言った気でいたが、よく考えたらそんな話は一度もしてなかった。まあ、今更海賊うんぬんとかいう理由で断る、なんて言われたら俺が“海軍”として物申すがな。ははは。


「どうしたチョッパー。足が止まってるぞ」
「え?あ、ああ…ごめん」


俺の数歩後ろで立ち止まったまま、動く気配のないチョッパーに声を掛ける。チョッパーはすぐに小走りで俺の横に並んだが、その顔は未だ困惑したまま。どうしたもんかと考えるも、何の答えも出ない内に城へと着いてしまった。





「そいつらかい?患者ってのは」
「…悪いなドクター。予定より怪我人が二人ほど増えた」
「そこに置きな。まずは診察だ」


開け放たれたままの門をくぐると、そこにはドクターが仁王立ちで待ち構えていた。どうやら、外で俺達が騒いでいるのに気付いて様子を見に来たらしい。すぐにドクターとチョッパーによる診察が始まり、邪魔になりそうな俺は壁際に寄ってその様子を眺めていた。

ルフィは全身凍傷になりかけていて、サンジはアバラ六本の骨折と背骨にヒビ。ナミは死にかけでどうやら何かに感染している様子。…なんだかな。俺だけ元気でこの場に居るのが申し訳なくなってくる。


「…う、うう…」


ガチガチと歯の鳴る音に混じり、うめき声が響く。声がした方を見れば、先程まで意識がなかったはずのルフィがドクターの腕を掴んでいた。それにはさすがのドクターも驚いていたが、ルフィの腕を振り払うことなくこう答えた。


「…大丈夫だ。あの血まみれのガキもこの娘も、ちゃんと治してやるから安心しな」


それに対し、ルフィは震える声で“仲間なんだ”と呟く。ドクターはもう一度助けると言ってから、チョッパーと一緒に三人を抱えてどこかへ行ってしまった。


残された俺は、ルフィの“仲間”という言葉にどうしようもない壁を感じてその場に座り込んだ。もし、俺がナミやサンジの立場に居たら、ルフィは俺のことを“仲間”と呼んで助けてくれただろうか?…いや、違う。俺はそういう答えが欲しいんじゃない。俺は今の俺の立場が嫌なだけなんだ。

何もしていないし、何も出来ない。

これがどうしようもなく、嫌なだけなんだ。



結局、役立たず


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