チーターとトナカイ
「さっびいぃぃいい!!」
「若いのになんだい、情けない声出しちまって」
「いいいいや!これ、若いとか関係ねえって!!誰だって寒いって!!馬鹿でも風邪引くって!!」
「ヒッヒ。じゃあ今頃この山を登ってるだろう馬鹿も風邪を引くってことになるかね」
まあ、それだけで済めばめっけもんさ、とも付け足されて、俺は思わず口をつぐんだ。…ちょっと、軽率な発言だったかもしんねえ。
ごうごうと煩いくらいに雪が飛ぶ。吐く息は白いどころか凍りそうな勢いで、目を開けていることすらままならないほど風が強い。それがこのドクター・くれはが住む城がある場所であり、ルフィ達が目指している場所でもある。
俺はズルして…というか運良くドクターのソリに乗せてもらえたから良いが、ルフィ達は今もこの寒さの中、断崖絶壁を登ってきているはずなんだ。寒いなんて言ってらんねえだろ、これは。
「………」
「そんなとこで突っ立って何してんだい。さっさと中に入んな」
「いや、俺はここで良い」
ルフィ達が来るまでここで待つ。そう言って俺はぎこちなく笑った。ドクターはいつの間にか持っていた酒を一度煽り、城内へと向けていた足を俺の方へ進める。そして俺の目の前で立ち止まり、何も言わずに人差し指をこちらに向けた。俺が反射的に目を瞑った次の瞬間、額にとん、と軽い衝撃を受けた。
「34.1度。低体温症さね。これ以上下がるようなら医者として黙っておけないよ」
恐る恐る瞼を上げてドクターを盗み見る。…眼鏡の向こうでギラリと目が光った気がした。俺は正に蛇に睨まれた蛙状態で、黙って頷くことしか出来ない。
ドクターはそれに満足した…のかは正直分からないが、また酒を煽ると城の方へと踵を返してこう言った。
「あたしは葬式屋じゃないんだ。死体の面倒は見ないからね」
「…肝に命じておく」
「なら、後はあんたの好きにしな」
そしてヒッヒッヒ、という笑い声と共に城の中へと消え、その場には雪の鳴る音だけが残された。
俺はしばらくドクターが消えた後をぼーっと眺めて、なんとなく空を見上げる。灰色で、重たくって、嫌な感じだ。暗雲立ち込める、とでも言うのかな。
「…ルフィ達、早く来ねえかな」
こんな場所に一人で居ると、嫌でも不安になるんだよ。だから早く、その屈託のない笑顔で俺を安心させてくれ。
…あとホントに凍死しそう。
「おい、お前!」
不意に誰かの誰かを呼ぶ声がして、空を仰いでいた視線を横へとずらした。そのまま右に左にと首を動かす。が、声の主は見当たらない。じゃあ今の声はなんだったんだ?と思って首を傾げてみれば、俺の後ろで雪を踏み締める音が聞こえた。なんだ、後ろに居たの、か…。
「………っ!!」
「…あー…逆、じゃねえか?」
「!!」
頭隠して尻隠さず、もとい、尻隠して頭隠さずな何かがそこに居た。何かってのはあれだ。人の声がしたから人が居ると思ったのに、二本足で立ってる毛玉が居たから頭が追い付いてねえんだよ。寒いし。
…いや待て、よく見たら青っ鼻にピンクの帽子被ってるじゃねえか。てことは、
「あんた、さっきのトナカイか?」
「ぎゃああああ!!」
今度は叫び声を上げてあたふたとそこいらを駆け回り始めた。生憎だが俺にそんな元気はない。あったらこんな所でじっとしてねえって。なんか眠いしよ。
(寝たら死ぬっつうけど、ちょっとくらいなら…)
「お、お前!こんな所で寝るなよ!?その眠気は低体温症からくるもんなんだからな!?」
「うるせー」
「おれはドクトリーヌにお前を見張っておくように言われてるんだっ!」
なら見張りはいらねえよ。どっち道、俺はここから動けねえ。妙なことする元気も当然ねえしな。
…と、返したかったが口を動かすのも面倒なので、手の平をシッシと払うように動かしてそれをトナカイに伝えた。
トナカイに俺の言いたいことが伝わったのかは分からないが、奴はドクトリーヌはお前を心配してうんぬんかんぬん言いながらこちらへと歩み寄ってきた。そして少し乱雑に、厚手の毛布が掛けられる。
「…ああ、こりゃどーも」
「べっ!別にお前のためにしたんじゃねえからな!ドクトリーヌがああ言うから仕方なく…!」
「はいはい。ドクトリーヌさんありがとう」
「……っ」
コイツは俗に言うツンデレというやつらしい。可愛いもんじゃないか。ツンデレ。
頂いた毛布にありがたくくるまりながらそんなことを考えた。まだ寒いけど、さっきよりはずっとマシになった。
「お前…おれが怖くないのか…?」
俺に毛布を渡した後もじっとその場を動かなかったトナカイが、おずおずと言った様子で口を開く。横目でその表情を盗み見てれば、ぐっと口をへの字に曲げて変な顔をしていた。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「だって!お、おれはトナカイなのに喋れるんだぞ!?」
「それなら俺だって似たようなもんさ」
「へ?」
間抜けな声を出したトナカイに一度背を向け、毛布を頭まですっぽりと被る。そして、少し間を空けてトナカイへと向き直し、被った毛布の間から顔を覗かせた。
「どうだ、俺もチーターなのに喋るぞ?」
「ぎゃああああ!!」
俺の顔を見た途端、叫びながら飛び退くトナカイに思わず腹を抱えて笑う。いやー、期待通りの反応をありがとう、トナカイくん。
「ははは、まあつまりは悪魔の実の能力者って訳だ」
あんただってそうだろう?
そう言って俺が首を傾げれば、トナカイはゆっくりと頷いた。まだどこか納得のいかないような顔してるけどな。
とりあえずトナカイが頷いたことに満足した俺は、一つ名案が浮かんでニヤリと笑う。それを見たトナカイがまた怯えたように後ずさったが、俺にはそんなの関係ねえな。
「来い。あんたといた方があったかそうだ」
元の人型に戻って毛布を開き、顎でしゃくってこちらを指す。トナカイは右、左、右と確認して、他に誰も居ないと知ると自分を指して目を見開いた。
「お、お、おれかっ!?」
「そう、あんただ」
「ど、どうしてもって言うなら…」
「どうしても」
「…し、仕方ねえな!今回だけだぞっ!」
一歩一歩、躊躇いながらも近付いてくるトナカイ。最後に俺の腹を蹄でつつきながら「食わないか?」だの「噛みつかないか?」だのと質問を繰り返して、ようやく俺の膝の間に収まった。
「あ、そういやあんたの名前、まだ聞いてなかったな」
「…おれはチョッパー。トニートニー・チョッパーだ」
「そうか、チョッパーっていうのか。俺はライってんだ。覚えとけ」
大切な人から貰った大切な名前なんだ。
俺がそう呟くと、チョッパーはもぞりと身じろぎしながら「おれのだって、大切な人からもらった大切な名前なんだぞ」と呟いた。
その大切な人ってのが誰を指しているのかは分からないが、チョッパーがその人のことを特別に想っていることだけは伝わってきた。…その小さな肩が、何かに耐えるようにほんの少し震えていたから。
どうやら俺達は、似たもの同士だったらしい。
チーターとトナカイ
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