魔女とトナカイ


(ウソップ side)


「彼も悪魔の実の能力者だったんだな」


走り去るライを仕方なく見送った後、ドルトンさんはライが消えた方向を見詰めながらそう言った。ほとんど一人言みたいなもんだったんだろうが、気が付いたらなんとなくそれに答えていた。


「ああ、あいつはネコネコの実を食ったらしい」
「あれは…チーターだったな。道理で寒さに弱い訳だ」


ドルトンさんは一人、納得したように頷く。逆に俺は腕を組んで首を傾げた。チーターってそんなに寒さに弱かったっけか?


「ふふ、チーターは元々暖かい場所に棲んでいるものだから」
「にしたってあれは異常だろ」
「きっとライさんの元々の体質もあるのよ」


ビビは笑いながら答える。ま、人間なんてそんなもんだよな。化け物地味た連中ばっかりのこの船だ。あれくらい何かに弱い方が丁度良いのかもしんねえ。

俺もドルトンさんの横で、納得したように頷いた。


















「…っくしょい。あ゙ー…、本格的に風邪でも引いたか?」


元居た村から走り出して数十分。雪の中に手まで突っ込んで走るのが嫌になった俺は人獣型に姿を変えて雪道を歩いていた。そして今さっきのくしゃみ。風邪引いたって思わねえ方がおかしいだろう。


「…ん、村が近えな」


走った後の温もりが逃げないよう、腕を擦りながら鼻をひくつかせる。冷たい風が人や煙の臭いを乗せて流れてきた。煙はたぶん、暖炉とかから出たもんだろ。何にせよ、村が近いことに変わりはない。

積もったばかりの雪をさくさくと踏み締め、人獣型から更に人型へと戻す。さすがにあの格好のままじゃ村に入れてもらえねえだろうからな。俺ってば常識人。



そうやって数分ほど歩いたところで村の入り口にたどり着いた。だけどそこで一つ…いや、二つの違和感を感じ取る。

一つはなんか妙に村が騒がしいってこと。落ち着きがない、って言った方が正しいかもな。もう一つは、医者がいないはずのこの村から薬の臭いがするってこと。薬くらいは置いてあんのかとも思ったが、ドルトンさんの村ではこんな臭いはしなかった。だからたぶん、違う。

ルフィ達があの山に向かったばっかだっつうのに、入れ違いとは嫌な話だな。


「気まぐれに降りてくるんなら、もうちょい早く降りて来てくれれば良かったのによ」


ま、今さら何言ったって仕方ねえけど、とも愚痴りながら雪を蹴る。ドルトンさんは、あの山の天辺に住んでいるドクターは気まぐれに山を降りて気まぐれに患者を診ていくような人だと言っていた。そしてこの薬の臭い。どうにもタイミングの悪い時に下山してくれたようだ。

とにかく、引き留めるにしろ何にしろ早いとこ見付けて話を聞いてもらわねえとな。時は一刻を争うし。


歩く程度の速さで動かしていた足を叱咤し、慣れない雪道を駆ける。途中、村の人が何をそんなに急いでるんだ?と声を投げてきた。俺が医者に用があるんだ、と返せば皆があっちだ、向こうだ、そこの店だと教えてくれる。

そして着いた店、“STOOL”と書かれた看板を見上げて、僅かに上がった息を整えた。ここか。


「…にしても、よく嗅いでみたら獣の臭いもするな。犬か?」

「チョッパー、あんた獣臭いとよ」
「………」


俺の一人言に答えるように、店の中から一人のばあさんが現れた。あろうことかヘソ出しだ。ありえねえ。その横にはなぜか一頭のトナカイ。鼻が青くて帽子被ってて変なトナカイだ。


「…っと、そうじゃなかった。もしかして、ばあさんがこの…ぐあっ!」
「坊主、口には気を付けるんだね」


あたしゃまだピチピチの130代だよ、と言って不敵に笑うばあさ…いや、お姉さん。それでも十分超が付くほどの高齢だ、とは思っても口に出してはいけない。…俺の胸に叩き込まれた蹴りはたしかにピチピチの若さだったからだ。


「…失礼した。貴女はこの島の医者、で合ってるか?」
「そうさね、あたしは確か、に…」


そこでお姉さん、もといドクターの言葉が途切れた。不審に思い、下げたままになっていた視線を上げる。そして俺の視界に映ったのは、目を見開いて酷く驚いたような表情のドクターだった。…いや、なんで?


「あんた、“レオ”かい!?」
「レ、オ…って、誰だ…?」


首を傾げる間もなく、がっちりと両肩を掴まれた。射るような目が痛かったが、逸らすことも出来ずそのまま見詰め返す。

そして俺が数回の瞬きを繰り返した後、ドクターの手はゆっくりと離れていった。


「…悪いね。人違いしたよ。よく考えたらアイツも生きてりゃ良い年だ。あんたみたいに若いはずがない」
「はあ…」


曖昧に頷きはしたが、結局ドクターが勝手に自己完結してしまったせいで俺には何が何やらさっぱり状態。最後に見せた何かを懐かしむような目もいまいち分からない。だって俺とドクターは初対面だし、懐かしむもんなんて何もねえはずだろ?

…まあ、俺がその“レオ”って人に良く似てたってだけの話なんだろうけどさ。


「…あんた、名前はなんて言うんだい?」
「ライだよ」
「ライ、か…。親の名前は?」
「あー…実の両親は俺が生まれてすぐ死んだらしくてな。顔どころか名前すら知らねえんだ」


ドクターは俺の答え一つ一つに対して、何かを見定めるように目を細めた。それがなんだか自分の嘘を見抜こうとしているように見えて居心地が悪い。けど俺、嘘なんて吐いてねえよな?


「…昔は育ての親もいたんだけどな、今はいない…と言うより知らねえって言った方が良いか。このライって名前をつけてくれた人も親って言うより上司だし」


だからやっぱり、俺に親はいねえよとドクターに告げた。嘘は言ってないつもりだ。

ドクターは一度視線を落として何かを思案した後、最初の不敵な笑みを称えながらまた俺を見据えた。


「…そうかい、妙なこと聞いちまったね。気を悪くしたかい?」
「はは、まさか。そんなの気にしねえって」


顔の前でヒラヒラと手を振りながら軽く笑う。これも別に嘘じゃない。俺の人生も、そう悲観するほど酷いもんじゃねえしな。

そんな俺を見てドクターはヒッヒ、と朗らかに笑い、その隣に控えていたトナカイの頭を数回叩いた。トナカイはただ不思議そうに首を傾げて俺を見るだけ…って、ちょっと待て、なんでこっち見て首傾げてんだよ。


「ところであんた、あたしに用があって来たんじゃないのかい?」
「あ!そうだった!」


俺としたことが一番大事なことを忘れてた!


「今、俺の…仲間がドクターの城を目指して山を登ってるんだ」
「あの山を?」
「あの山を」
「…見上げた馬鹿がいたもんだね」


そう言ってドクターは心底呆れたように溜め息を吐いた。その気持ちは俺も分かる。痛いほどよく分かる。


「…で、あたしにどうしろと?」
「あいつらの脚力じゃ、もう大分山を進んでると思うんだ。だからドクターには早く城に戻ってもらいたい」
「…患者の容態は」
「倒れてから二、三日経ってる。熱は42度」
「ふん、一刻を争うって訳かい」


乗りな、今回だけサービスしといてやる。

ドクターは背中越しにそう言うと、店の前に置いてあったソリに乗り込んだ。トナカイもすぐにソリを引く体勢になり、ドクターの合図と共に走り出す。俺も慌ててソリに飛び乗り、二人に軽く礼を言って頭を下げた。


文字通り飛ぶように進むソリの中、冷たい風に煽られて、俺はサンタクロースも楽じゃねえんだなとか考えた。



魔女とトナカイ


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