最高速度で



「やっぱりお前はあの男の子供だよ!!その忌々しい眼、顔までアイツにそっくりじゃないか!!」


あの男って誰?

忌々しい眼って何?

顔までって…?

分からない、分からないよ。


「もう街の子供にも近寄るんじゃない!!何か言われるのは俺達なんだ!!」

「…ああ、やめてちょうだい…!そんな獣の眼をあたし達に向けないで…!!」


あたしの眼はどんな眼なの?

あたしは色くらいしか知らないよ。

“ケダモノ”の眼って、どういうことなの?


「分からない、分からないよ」


お父さん、お母さん。









ゆっくりと、眼を開けた。視界に入ってきたのは昨日最後に見た光景と同じ。ただ足りないものがあるとすれば、この部屋の主達だろう。


「……昔の夢、か」


どうせ見るならスモーカーさんの夢が良かった。それだけ呟いて汗ばんだ髪を掻き上げる。やっと寝付けたと思ったらこの様だ。背中も嫌な汗でじっとりしていて、素肌に触れてみれば妙に冷たい。

最近こんなんばっかだと自嘲気味に笑い、マメだらけの手で顔を覆った。ああ、スモーカーさんが恋しい。恋しい恋しいもう4、5日もスモーカーさんに怒られてない。そんなの今まで一回もなかった!…いや、本部にいた間はそんなもんだったけど…。うう、アラバスタに着いたら真っ先にスモーカーさんに連絡入れよう。早くあの声に怒られたい…。


「それにはまず、電伝虫の調達が先だな。アラバスタですぐに見付かりゃ良いが………ん?」


ドタドタドタ。

俺がやるべきことを口に出して確認していたら、何やら上の階から複数の足音が慌ただしく響いた。おかしいな、女部屋の上は倉庫だからそんなに人の出入りの激しい場所じゃないはずなのに。

そう思った次の瞬間には、足音の正体達がやはり、慌ただしく部屋の中へと入って来た。


「ライ…!そこどけ!!」
「ど、どうしたんだよそんなに慌てて…。何かあったのか?」
「ナミさんがっ、高熱で倒れたの!!」
「あぁ!?」


ナミが倒れた。その言葉に一度は耳を疑いはしたが、サンジに抱えられたナミの状態を見て、嫌が応にも納得させられる。俺が受けた第一印象は極めて深刻。まず普通の熱じゃあここまで酷くならないだろ。額から流れる汗も、上がりきった息も、一人じゃ歩けないほどに弱った体も、全てが“異常”に思えた。他の男連中はそうは思わなかったみたいだが、実際にナミの体温を計ったビビの言葉を聞いて、少しは現状を理解してくれたらしい。…40度の熱なんてそうそう出るもんじゃねえもんな。


「病気ってそんなにつらいのか?」
「「いや、それはかかったことねぇし」」
「あなた達一体何者なの!?」


…頭痛くなる連中だな、ホントに。


「人間は体温が42度を超えたら死ぬかもしんねえんだぞ」

「ナミは死ぬのかぁ!!?」
「ダビダン死らバイべー!!!」
「あああああああっ!!!」
「クエーーッ!!!」

「うろたえないで!!」


ああ、ようやく事の重大さがほぼ100%伝わったみたいだ。だけど認識したらしたで面倒臭ぇ奴らだな。そんなに騒いだらナミの体に障るじゃねえか。…あ、ちなみに俺が落ち着いてんのは慌ててもどうしようもねえからだ。心配なのは皆と同じだかんな。薄情な奴とか思うなよ?


「とにかく、今は医者を探すのが先だな。こんな熱、俺達の手に負えるもんじゃねえ」


僅かな医学の心得くらいじゃダメだ。しっかりした医術を使える奴が欲しい。なんせここは偉大なる航路。何が起こるか分からねえ、どんな奇病があるかも分からねえ場所なんだから。

俺達が医者だ、医者を探すぞと互いの意見が一致しかけたところで、それを否定する声が上がった。…今、医者を必要としているナミ自身の声だ。


「…ダメよ」
「ナミ、寝てろ。動けるような状態じゃねえはずだろ」
「…私のデスクの引き出しに新聞があるわ…。それを見れば、あんた達も医者探しだなんて言ってられなくなるから」


ナミに言われた通り、引き出しから新聞を取り出す。見れば三日前の日付だった。…ナミの言いたいことも、その新聞の見出しを見ればすぐに分かった。


「…ビビ、あんたが読め」
「まさか…!!」


一気に顔色を変えて新聞に視線を落とすビビ。

“国王軍の兵士、30万人が反乱軍へ寝返る”

それも日付は三日前。例え急いだとしても、船の速度は上がらない。最短でも一週間以上は掛かる道程。ナミは強がって甲板へと出て行った。どうも空気が変わったらしい。そしてゾロの号令の元に船を動かす。

その間も、ビビは選択を迫られていた。


「…医者を探しに行けば、アラバスタまで何日掛かるか分からなくなるぞ」
「分かってる…。でも、もう一刻の猶予もないの…!あたしに、100万人の命が懸かってる…っ!!」


俺は一人、ビビと一緒に女部屋に残った。船を動かすのは慣れてる面子でやった方が良いからな。だったら、俺がビビの側に居たところで上の連中には何の支障もないだろうさ。








「国の人達の命は大切…。だけど、もちろんナミさんの命も大切」

「決めたわ、ライさん。あたし、大切なもの全部守ってみせる!」


力強く笑って答えを出したビビに、俺も笑顔で返す。


「それでこそビビだ!!」


さあ、この船の“最高速度”でアラバスタへ向かおう!



最高速度で


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