俺、可哀想



コン、コン、コン。

数回ノックをして返事を待つ。すぐに入って良いわよ、とナミの声が響き、俺はがちゃりと扉を開けて中に入った。


「シャワーは?」
「ああ、もう浴びた」
「そ。なら適当に座って」


適当に座るようにと促され、俺は空いている床の上に胡座をかいて座った。ナミはデスクの前の椅子に、ビビはベッドの上に座っている

ナミは話しておきたいことと聞きたいことがあると言っていた。話しておきたいことってのはたぶん、ビビのことだろうな。今まですっかり忘れてたけど、アラバスタって名前を聞いた時に思い出した。

ネフェルタリ・ビビ。その名前を見たのはどれくらい前だったか。アラバスタ国王女の捜索願が出されたと言って、写真付きの書類がローグタウンにも回ってきたのは結構前の話。


「…その様子だと、あたしの用件の一つはもう分かってるみたいね」
「………」
「まあ、はっきり聞くまで確証は持てないんだがな」


そう言ってビビへと視線を向ける。ビビはしばらく俯いたままでいたのだが、次に顔を上げた時にそこにあったのは、何かを決心したような表情だった。そして、ビビは一言一言に力を込めるように強く言葉を発した。


「ライさんもお気付きの通り、あたしはアラバスタ国王女のネフェルタリ・ビビ。国を救う為にバロック・ワークス社で潜入調査を行っていたわ」
「…そのバロック・ワークス社ってのはリトルガーデンで襲ってきたあいつらのことか?」
「ええ、そうよ」


小さく頷き、鋭い視線で俺を射抜く。その先に誰か別の人物を映しているように見えるのは、たぶん気のせいじゃない。ビビの…普段は力強い瞳が静かに揺れていたから。

そんなビビを見かねてか、僅かに続いた沈黙を破るようにナミが口を開いた。


「ビビの国では今、そのバロック・ワークスって奴らのせいで内乱が起ころうとしてるの」
「世界で流行りのクーデター、か」
「…海軍はバロック・ワークスについて何か…」
「掴めてないな。名前すら初めて聞いた」
「バロック・ワークスはお互いの名前すら知らない秘密結社だから、無理もないわ。ボスに至っては皆顔も知らないんだし…」


段々と小さくなる声で締め括るビビに、胸の奥がツキリと痛んだ。ビビの国でそれだけ大事になってるっていうのに、それを正すべき海軍が微塵も気付けていないなんて、まるで間抜けじゃないか。

つい無意識の内に“ゴメン”という言葉が口を突いて出た。ビビはライさんが謝ることなんて何もないわ、と慌てて手を振ったけど、そんなビビに俺は力無く笑うことしか出来なかった。で、また“ゴメン”って言葉が出そうになった。だけどこれ以上ビビを困らせたくなくて、出かけた言葉はそのまま飲み込んだ。

ビビはそんな俺を励まそうとしてか、何か言葉を探しているみたいに視線を泳がせた。…俺の思い上がりかな。でもビビってほら、すっげー優しいじゃん。

しかし、俺はビビの言葉に目をひんむくことになる。





「…だ、誰だって王下七武海のクロコダイルがボスだなんて思わないわよねっ!アラバスタでは英雄扱いされてるんだし!」
「お、王下七武海ぃ!?」
「あ、えっと…」
「クロコダイルがボスなのか!?つーか誰も知らないんじゃなかったのか!?秘密結社なんだろ!?」
「そ、それはそうなんだけど…」

「はーい、ストップ、ストップ。二人とも一旦落ち着きましょうねー」
「ナ、ナミ…」


今にも掴み掛からん勢いでビビに詰め寄っていた俺。そんな俺とビビの間に手を差し入れて制止の声を掛けたのはナミ。お陰で我に返ることが出来ました。


「あんたが動揺するのも分かるけど“その格好”じゃビビが恐がるでしょ?“その格好”じゃあ」
「あ、ああ…それもそうだな…悪かった」


そうだよな、年頃の女の子が“男”に詰め寄られたりしたらいくらなんでも恐いよな、他意がないにしても。でもナミのその引っ掛かりのある言い方はちょおっと引っ掛かっちゃうんじゃあないか、なあ…。


「あたしなら平気だけど…」


“その格好”って?

そしてコテン、と首を傾げるビビに思わず後退る。ほら!ほらっ!!どう考えても不味いよこの流れは…!

未だ疑問符を浮かべるビビから視線を移し、助け船を乞うようにナミを見る。助けて助けて上手く言い訳してお願いします!…と必死に目で訴えかけはしたんだけど…ああ、どうやら俺は助けを乞う相手を間違えたらしい。

ナミは至極楽しそうにニヤリと笑い、俺とビビとを交互に見遣る。

慌てふためく俺、きょとんとしたビビ、慌てふためく俺、きょとんとしたビビ…。

視線が動く度に深くなるナミの笑みに、否が応にも諦めがつくってもんで…。最終的に、俺が了承の意味を込めた溜め息を吐くことで彼女の視線はビビに定まった。

一頻り反応を楽しんだ彼女は、額に手を当てて項垂れる俺を尻目に、ゆっくりはっきりビビに告げる。





「ふふっ。ライはね、歴とした“女の子”なのよ!」


最後に聞こえた“まあ、ビビには始めっから言うつもりだったんだけどね”って言葉は、出来るなら俺の聞き間違いだと思いたい。

…結局ナミに遊ばれただけじゃねえか!!(可哀想な俺!)



俺、可哀想


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