金眼に罪はない



夜、一人で甲板から暗い海を眺めていた。少しでも身を乗り出したら飲み込まれてしまいそうな暗さだ。まあ、俺はカナヅチだから海に落ちた時点でアウトなんだけどさ。でも、あんまり船内には居たくねえんだよな。だってアイツが居るから。





「おい」
「…っ!!」


俺を呼ぶようなその声が聞こえるか聞こえないかの内に、俺は袖口から爪を取り出していた。ほぼ反射的にだ。そして声の主の方へばっと振り返り、身構える。…ああ、やっぱりお前か。


「客用のハンモックを出した。今日はそっちで寝ろ」
「…そんな殺気出してる奴に言われたら一生起きれる気がしねえんだけど?」
「お望みとあらば、今ここで一生起きれねえようにしてやるが?」


ガチャリ、と鯉口が僅かに抜かれて刃鳴りした。口は笑っているがあの悪人面だし、何より殺気が垂れ流しになっている。冗談、には見えねえなあ。

そして俺もゾロも臨戦体勢のまま、じっと動かずにいた。どれくらいそうしていたのかは分からないが、不意にゾロが顔を顰めて呟いた。


「お前のその目…」
「あ?俺の目がどうした」
「…いや、なんでもねえ」


そしてカチリ、と音を立てて刀が鞘へと収められる。ゾロは力を抜くように息を吐き出したが、抑えきれない殺気がまだ僅かに流れている。


「あのさ、アンタなんで俺に対してそんなに殺気立ってんだよ。はじめはそんなんでもなかったじゃねえか」


そう、はじめはそんなんでもなかった。見知らぬ人間に警戒している、その程度のものだった。だが今は違う。明らかに本気で殺そうとしてる奴の殺気だ。こんな殺気を流すようになったのは俺が顔を隠さなくなってからか?

何にせよ、殺気を流し続ける人間を前にして武器を収めるほど俺は馬鹿じゃない。だから“爪”は手の甲にはめたままの状態で声を掛けた。

ゾロは一瞬、目を丸くしたが、次の瞬間には舌打ちをして俺から視線を逸らした。そしてあーとかうーとか言いながら頭を掻いている。そんなに言いにくいことなのか?…かと言って、俺にはその理由が皆目見当もつかない。仕方ない。ゾロが言うのを待ってやるか。





「…お前のその目のせいだ」
「さっきも言い掛けてたな。それ」
「ある男を思い出しちまうんだよ。その金眼を見てると」


傷が疼く、と小さく呟いて、ゾロは胸の辺りに手を当てた。大方、その金眼の男に付けられた傷がそこにあるのだろう。俺には関係ねえけどな。だから、その男の名前を聞くのはただの興味本意だ。深い意味はない。


「じゃあ、ゾロに一発喰らわせたのはどんな奴だ?名前くらい聞かせろよ」


俺もようやく武器を収め、ひらひらと手振りをつけながら先を促す。ゾロは答えを渋るように口を歪めたが、仕方ないと言った様子で口を開いた。





「鷹の目のミホーク。海軍なら、名前くらいは聞いたことあんだろ?」


…なんと、ミホークさんでしたか。



金眼に罪はない


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