しくじった



爆風に乗って“MARINE”と書かれた帽子が飛んでいった。口布もない。顔を隠すものが、ない。こんなにもろに陽の光を感じるのは久し振りだな、とかどうでも良いことが頭を過った。


「あんた…」


横でナミが何かを言い掛けた。ゾロは別段、興味がなさそうな顔。ビビは目を丸くしている。それが何を意味するのかは分からないけど、別に知ろうとは思わない。


「うーん。やっぱ顔が隠れてねえと落ち着かねえ」


顔を顰めてそれだけ呟き、人獣型へと姿を変える。目元から鼻筋に沿うように伸びるティアドロップライン。首や腕も斑点模様の浮かぶ毛皮に変わり、お尻からはするりと尻尾が伸びた。


「てめえも能力者か…!!」
「Yes。まあ、この偉大なる航路じゃ、そう珍しいもんでもねえだろ?」


こてん、とおどけるように首を傾げてみせる。それに合わせて、俺の猫っ毛な髪がふわりと揺れた。そうだな、長さで言ったらルフィと同じくらいのそれは、抑える帽子がなくなって僅かな風にすら揺れている。

Mr.5は一度舌打ちした後、コートの内ポケットからリボルバー式の銃を取り出した。敵さんが本気なら、こっちも本気用の武器で応戦しようじゃありませんか。

俺は袖の中に隠した“爪”ではなく、海楼石仕込みの“鉤爪”を使おうと自分の太股に手を伸ばした。…が、


「…ない!?なんで!どうして!!」
「あ?何がねえんだよ」
「“鉤爪”!!…マジかよ!?失くした!?」


いっつも太股にそれ用のホルダーを付けて、能力者とやる時は必ずと言って良いほど愛用していたのに…今はホルダーすらない。

さ、最後に見たのっていつだ!?ローグタウン出る時は…付けてたはずだか、ら…。


「…あ、スモーカーさんの船だ」
「キャンドルロック!」
「ぎゃ!」


短く、それも情けない悲鳴が反射的に上がった。…ああ、やっちまった。


「あんた一体何しに来たのよ!!」
「てめえは一体何しに来たんだ!!」
「あなた一体何しに来たの!!」

「す、すまん…」


三人同時に言われるとキツイ。だけどまあ、言われても仕方ない状況。だって、助けに来たつもりだったのに結局何もしない内に捕まっちまったんだから。鉤爪がないことに動揺していたら、その隙を突いて3の男が俺の足に蝋を絡めたのだ。元々、ナミの横に並ぶようにして立っていた俺は、初めっから皆と一緒に捕まっていたかのような格好になった。


「こ、これはあれだ“上手の猫が爪を隠す”ってやつだ!今はまだ俺の実力を見せる時じゃねえ!」
「なら、その爪を失くしたお前はただの馬鹿だな」


隠す爪がねえんだから、と続けるゾロに、小さく“爪”はあるんだよ、とだけ言い返しておいた。…たしかに“鉤爪”の方は無いけどさ。でも俺、そんなに馬鹿じゃねえし。…たぶん。













結局、敵はルフィ、ウソップ、カルーの二人と一匹が倒してくれた。あの島の唯一の住人、巨人のドリーさんとブロギーさんのお陰で無事に島を出ることも出来た。本来なら一年掛かるところの記録(ログ)も、サンジがアラバスタへの永久指針(エターナルポース)を手に入れていたことで解決。

…だがしかし、一つだけ(俺にとっての)大問題が発生。事態は深刻です。


「おいライ。てめえ、いつまでその格好でいる気だ?」
「…顔、隠すもんがねえと落ち着かねえんだよ」
「おおお俺はだな!猛獣がこの船に乗ってるってことの方が落ち着かねえんだよ!」
「咬むぞ」
「ぎゃー!!」
「……はあ」


力無く溜め息を吐いて甲板に座り込む。

そう、あれから俺は、戦いが終わった後もずっと獣型の姿でいる。なぜかというと、口布も帽子も焼けて炭になってしまったから。口布はMr.5に、飛んだ帽子も蝋のケーキを焼く際に一緒に燃えてしまったのだ。

はじめは人獣型でいたが、それでも落ち着かず、結局今の獣型の姿でいる。ルフィやゾロは全く気にしていないようだが、ウソップはしきりに怯えている。ちょっと威かすだけで大袈裟なくらいに怯える様は見ていて面白い。が、如何せん。落ち着かない。


「…なあ、ゾロ。その腕のバンダナ貸してくんねえか?」
「ダメだ」
「じゃあナミ。スカーフとか帽子とかねえの?」
「あるけどダメよ。あんたには貸せないわ」
「…ケチ」


あー…。一体、いつまでこの格好でいれば良いんだ…。



しくじった


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