何か起きた?



ざらり、ざらり。

頬を滑るその感触に、沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。


「ん……、」


その感触の若干の不快感から、自然と眉根に皺が寄る。しかし、一向に止まる気配がない。仕方なく薄目を開けてその感触の正体を探ってみれば、俺より一回りも二回りも大きな体を持った虎が両の眼に飛び込んできた。


「………」


ざらり、ざらり。俺が体を起こして怪訝な顔をしながらそいつを見ても、俺の顔を舐めるのをやめようとしない。仕方ないので首を叩いて、やめるように言い聞かせる。


「おら、離れろよ。俺なんか食ったって美味くねえぞ」


すると虎はようやく、俺の顔を舐めるのをやめた。だが、今度はじゃれるように首を擦り付け始めた。俺は仕方なく、その太い首をわしゃわしゃと撫でてやる。


「はあ…。つーか俺、なんでこんな所で寝て…って、そっか、船から飛び出して来ちゃったんだっけか」


ぽりぽり、と罰が悪い風に頬を掻く。あれくらいのことで取り乱してたら、またスモーカーさんに怒られるな。そう考えて、今日何度目とも知れない溜め息を吐いた。

そして、それを慰める…ようにかどうかは知らないが、虎は俺の手を優しく舐めた(と言っても革手袋の上からだが)。まるで我が子を慈しむようなその動作に、俺の頬は知らず知らずの内に緩んでいた。

まあ“我が子”って例えも近からずも遠からず、ってとこなんだけどな。


「…っと、いつまでものんびりしてらんねえな」


どっこいしょ、と年寄り臭い掛け声をつけて腰を持ち上げる。そして、最後に虎の頭を撫でてやろうと手を伸ばす。

だが、俺の手が虎の頭に触れようとしたその時、空気を震わすような雄叫びが響いた。伸ばし掛けた手は中途半端に宙で止まり、何に触れることもなく下ろされる。

今の声は…。


「ルフィ…?」


こりゃあ、のんびりしてる場合じゃなさそうだ。



何か起きた?


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