水面―短編― | ナノ
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「聞いてくれる? 失礼なんだよ、すっごく。『魔獣のような女を想像していたが、思ったより女じゃないか』って言われたの。フツーさあ、そんなこと本人に向かって言う!?」

 「確かに太腿とか筋肉すごいけど!」と声を荒げるグライーゼに苦笑し、エルクディアは黙って続きを待っていた。なにも言わずに待ち続けなければならないと、なんとなくだがそう思った。
 彼女はなにか大切なことを告げようとしている。けれどそれは無理やり引き出してはいけないもので、ゆっくりと根気強く、彼女自らが口にするまで待たなければならないものなのだ。

「少し話したんだけど、そしたらなんだか気に入られちゃって。…………妻になれって、言われたんだ。父さんも母さんも、私が結婚できるなんて思ってもなかったから、舞い上がっちゃってさ。それでとんとん拍子に、話が進んだってわけ」

 相手は大商人だ。誰も反対などせず、むしろグライーゼの吉報を喜んだ。
 ――彼女本人の気持ちとは、まったく別のところで。

「ほら、一生遊んで暮らせるし、もう二度と砂袋担いで山登ったりしなくていいし、誰かさんにビシバシしごかれなくて済むからいいかなって。それでまあ、結婚を承諾した日にね、その人に聞いたの。『どうして私を妻にしようと思ったんですか?』って。そしたら、『君を支配するのに、理由なんているのか?』って言われちゃった」

 随分と傲慢な台詞だ。それを笑顔で言うグライーゼに、ボタンを掛け違えるような感覚を覚えてエルクディアは深く眉間にしわを刻む。
 ぼすん、と音を立ててソファに沈み込んだ彼女はそのまま上体を倒して横になったので、エルクディアからは彼女の顔は見えなくなってしまった。ただ、七番隊と十二番隊だけに与えられた純白の軍服が、ちらちらと見えるだけである。

「あのさ……私とエルクって、どういう関係?」

「どうって……友達、だろ?」

「オトモダチ、か……。うん、そうだね。……やっぱり、エルクらしい答えだね」

 小さく零れてくる笑声の意味が理解できず、エルクディアは目を細めた。それを感じ取ったのか、グライーゼが言葉を補う。

「だって、私達の関係って『上司と部下』でしょ? 王都騎士団総隊長と、ただの騎士。あなたは十三隊の頂点に立つ人で、私はその下にいる人。――本来なら、オトモダチなんかじゃ、ないはずだよ」

「グライーゼ……?」

「だから、私みたいな下っ端騎士は、総隊長の命には絶対のはずなんだよね。それって、エルクと陛下の絶対的な主従関係に似てない? ――ううん、きっとそれそのものだよ」

 まるで熱に浮かされたように一人で喋り続けるグライーゼを不審に思い、エルクディアは椅子を引いた。立ち上がり歩を進めれば、大理石の床が合わせて音を立てる。彼女の寝そべるソファに近づき、顔を覗き込むように床に屈んだが、背もたれに顔を埋める彼女はこちらを見ようとはしなかった。
 向けられた背中はあくまでも頑なで、それ以上の接触を拒んでいるように見える。しかしそれは同時に、なにかを求めているようにさえ思えた。
 豊かな巻き毛に触れようとして、エルクディアは彼女が小刻みに震えていることに気がついた。戦場に出ても男と引けをとらない勇ましさで剣を振るっていた彼女が、今こうして暗闇に怯える幼子のように震えている。
 もう一度尋ねるように名を呼べば、消え入りそうな声が僅かに返ってきた。けれどそれは、エルクディアの耳には届かない。

「今、なんて……?」

「……命令してよ、総隊長サマ。やめるなって――行くなって、言って」

 その要望に、エルクディアは言葉を失った。


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