水面―短編― | ナノ
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 じゃきん、と愛銃が鳴く。美しい薔薇の彫り物が施されたそれは、ラヴァリルがなによりも大切にしているものだった。
 動物を狩るためのものではなく、魔物を狩るためだけに特化された特別な銃だ。対動物用でも、銃の存在は珍しい。中にはそれを改良し、兵器とする考えが出始めているようだが、財政面・技術面での難があるせいか、成功した国はいないと聞いている。
 ――最も、世界最大を誇るこのアスラナ王国と、軍事力に最も力を注ぎ、武器の種類と数だけはアスラナにも劣らないとされているベスティア王国ならば、裏で実は――という可能性も十二分に考えられるが。
 対人用の銃となれば、それは世界を震撼させるに違いない。愛用している者だからこそ、ラヴァリルにはそれが分かる。ああでも――と彼女は立てた膝に顎を乗せ、つんと唇を尖らせた。

「人殺しの道具になっちゃうのは、嫌だなあ……」

 こんなにも美しいのに。
 これは魔物を狩るものだから美しいのだ。すべてを無に帰すものだから、一切のけがれなどなく輝き続けるのだ。
 それを人の血で染め上げることは、ラヴァリルの美意識に反していた。



 久しぶりにアスラナ城からリヴァース学園に帰ってきて、ラヴァリルは自分に向けられる視線が今までと少し変化していることに気がついた。
 かつては『問題児』としてなにかと注目を浴びることが多かった彼女だが、今突き刺さる視線は好奇ではなく、恐怖に近いものだ。
 聖職者と馴れ合っている裏切り者――そんなところだろうか。
 親友達は変わらず接してくれる――はずだ――が、以前訓練で一緒になった知り合い達は、話しかけてこようともしなかった。

「……べつにいいけどさー」

 それでもちょっとはさみしーよねー、と呟いて銃の手入れを終わらせる。きらり。月明かりに翳して見ると、銃身が綺麗に光を反射させた。
 団子状に纏めていた髪をほどくと、いつも以上に癖づいて波打つ金髪が背に散らばる。
 長い間帰っていなかった寮の部屋に戻る途中で、廊下の前方に以前仲良くしていた男子生徒らが見えた。その中に灰色の髪を探すが、当然見つかるわけもなく苦笑する。

 そっかそっか、そうだよね。前はあたしが無理やりリース引っ張って一緒にごはん食べてたんだもん。そうじゃなきゃ、リースはいっつもひとりだったし。あーあー、なんでリースも一緒に帰ってこなかったんだろ。

 親友のサリアやミューラがいれば話は別だったが、あいにくとこういう日に限って二人とも実地試験で外に借り出されている。
 サリアは近場だが、ミューラは遠征らしいので、ラヴァリルがここにいる間に戻ってこられるかも怪しいと聞いた。
 ということは、三人一緒のあの部屋も、当然一人なわけで。

「うぅ〜、つーまーーんーなーいーーーーーっ!!」

 がぉうっ、と廊下のど真ん中で吠えたラヴァリルに誰もが目を丸くさせ、そそくさと各自部屋に消えていく。それがさらに悔しさや虚しさを煽り、じわじわと滲んでくる熱いものの存在を嫌でも自覚させられた。
 さみしいさみしいさみしいさみしい。かまって、あそんで、しゃべって、わらって。帰ってきたんだよ、久しぶりに。なんでみんな、こっち見てくれないの。ねえ、なんで。

「あたっ、あたしだって、好きでココ離れたんじゃないんだからぁ〜!」

 ぐずぐずとみっともなく泣きながら部屋へ駆け戻り、城のものと比べれば格段に寝心地の落ちるベッドへ飛び込んだ。
 シーツを頭まですっぽりと被って、枕を抱き締めながら泣きじゃくる。
 今日だって、朝からたった一人で訓練室に篭って走り回ったのだ。誰の援護もなく、たった一人で最高難易度の魔物とも対峙した。


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