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「え? あ、えと、英語は大丈夫だったよ! きゅーじゅーろくてん!」
「うっわ、なにそれ。でも、つまりそれ以外はダメだったと。梨緒って、ほんっと英語だけは得意だよね。なんで?」
「んー……、楽しいから?」
「その感覚、理解できないわ……」

 うんざりしたように首を振る沙耶だって、そんなに成績が悪いわけでもないのによく言うものだ。崖っぷちに立たされつつも、なんとかすべての教科で平均点をキープした加奈は、「いつも梨緒には英語で裏切られる〜」と唇を尖らせていた。
 そんな加奈の向こうで、きらりと光が反射する。
 授業時間の短縮期間のため、放課後といってもまだ日は高い。返ってきたテスト結果に一喜一憂しつつ、安息を求めて遊びに行く者も多い。
 カーテンの奥、薄汚れた窓の向こうに、驚くほど晴れ渡った空が広がっていた。どこまでの高く抜けるような青い空に、絵の具のように真っ白な雲が浮かんでいて、夏は梨緒が最も好きな季節だった。うだるような暑さは確かにしんどいけれど、滝のように汗を掻いてから浴びるシャワーは格別だと思う。
 せっかく大好きな夏に、教室に引きこもってお勉強というのはなかなかつらい。

「雪乃はいつも通り?」
「今回は調子良かったかな。英語もわりと教科書通りの問題が多かったし」
「あーもう、なんなの二人して羨ましいなぁ! けーご先生が担当だったら、あたしももっと頑張るのに!」
「加奈はけーご大好きだもんね〜。相手にされてないけど」
「るっさいなぁ! 沙耶だって似たようなもんでしょ!?」

 ぷりぷりと頬を膨らませて口論する二人はいつものことだ。そのたびに雪乃が「まあまあ、」と仲裁に入って、沙耶も加奈もばつが悪そうに笑って事態は収まる。そのときのふっと緩む空気が好きで、梨緒はいつも黙って見守っていた。
 今回も雪乃の仲裁が入るのを待っていたのだが、彼女はどういうわけかいつものタイミングで入ってこない。その間にも二人の口論はヒートアップしていって、このままでは引っ込みがつかなくなってしまうだろうところまで発展している。

「……ゆきちゃん? どうかした?」
「え? あっ、ううん、なんでもない。――ほらほら二人共、そのくらいにしておきなよ。友永先生なら今頃、テスト結果のことで大人気になってると思うけど?」

 話題の人、友永圭吾(ともながけいご)は二十四歳の若い英語教師だ。芸能人のように整った顔立ちで赴任当初から女子生徒に絶大な人気を誇り、去年のバレンタインには職員室に長蛇の列ができていた。
 沙耶や加奈もその例に漏れず、友永に好意を寄せている。中には、恋愛感情を抱いて告白しては玉砕していく女子も多いと聞く。
 梨緒達のクラスにも友永ファンは数多く存在するが、残念なことにこのクラスの英語担当はいまいちパッとしない印象の三十歳――高月博人(たかつきひろひと)だった。教え方は悪くないのだが、友永と比べれば華がない。そのため、高月の担当クラスの生徒でも、質問には友永のもとへ行くという生徒も少なくなかった。

「あーもう、梨緒と雪乃はいいなぁ。けーごの授業受けられるんだもんね」
「かなちゃんも頑張れば受けられるよ? わたしが教えてあげる〜」
「ムリムリムリ! 英語なんて一生できる気にならないもん! 梨緒の英語力を根こそぎ寄越せ!」
「きゃあああ〜!」

 わき腹をくすぐろうと手を伸ばしてきた加奈の攻撃を避け、梨緒は雪乃の背にさっと隠れた。恨みがましい視線が突き刺さるが、雪乃から漂う柔らかな甘い香りが絶大な安心感をもたらす。
 大人しくしがみつかせてくれる、雪乃のこういうところが大好きだ。

「なんでけーご、よりにもよって発展クラスの担当なのよ〜。ううっ」
「頑張れってコトでしょ」

 英語のコマ数は、リーディング、ライティング、選択授業と数種類存在する。その中の選択授業で英語を希望した者は学力別にクラスが分けられるのだが、発展クラスを担当しているのが友永だ。成績上位者しか割り当てられないため、友永目当てに希望しても成績が悪ければ彼の授業は受けられない。
 梨緒も雪乃も共に発展クラスの常連だったが、すべての教科でトップクラスの成績を収める雪乃はともかく、英語以外はほぼ赤点という梨緒は「友永目当て」と言われることが多かった。そのたびに違うと否定しているのだが、周りはなかなか信じてくれない。


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