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「しかし、隠し通せるものでもないだろう。あいつらの地域にも影響が出始めている。応援を呼べばその時点で終わりだ」
『ほんとにね。そこらへんをどうするかで連日の会議って感じかな。ま、現場を見てものを言えって話だね。プレート間交渉なんてことになったら、陸の奴らも出るだろうし』

 ――プレート間交渉。
 本来ならば他プレートとの過度な関わりは避けるべきだが、白の植物の脅威が蔓延し、秘密裏に任務の遂行が困難になった場合に行われる“最終手段”だ。他プレートの首脳陣と会談し、協力を要請する。当然、すんなりと受け入れられるものではない。事後処理も面倒で、今までプレート間交渉が行われた例は片手で足りるほどだ。
 そうなるまでに事態を収拾できなかったとなれば、空軍に対する風当たりは増すだろう。ただでさえ、自分達のプレートをそっちのけで他プレートに向かう特殊飛行部のあり方を疑問視する声は多い。

「緑地警備隊が動く気配はあるのか」
『今のところはなんとも。でも、動くとしたらそこでしょ。緑地防衛にかけては、空軍(うち)より陸軍(向こう)のお家芸だし』

 陸空軍共に感染者、寄生体への対応を行う。どちらとも“守る”ことを理念として掲げているが、大雑把に言うなれば、すでにある緑を汚染されないように働きかけるのが陸軍で、白の植物を駆逐する方に重きを置くのが空軍だ。緑を望む国民感情としては、陸軍に評価が傾いているのが現状だった。
 通常、陸軍が空渡任務に就くことはない。だが、プレート間交渉となれば話は別だ。陸空軍が協力体制を取り、緑地防衛の専門部隊を派遣してこのプレートの緑を守ることになるだろう。

『ねえハルちゃん、お願いがあるんだけど』
「なんだ」
『艦長とも話してたんだけどさ、今ここであの二人を失うのは惜しい。任務地が違うからどうしようもないってのは分かってる。分かってるんだけど、できる限り、面倒見てやってくれない? ――馬鹿が勝手に馬鹿やったってのは重々承知してるけど、ここで見捨てるのも後味悪いでしょ?』

 最後に付け足されたおどけた声が、前半の真剣な声音を余計に引き立たせていた。ヒュウガ隊があの二人に期待していることは前々から知っていた。確かにあの二人は、学生気分がまだまだ抜けない未熟な隊員だ。だがそれだけに、彼らはまだ天井を知らない。育て上げればその分伸びる。
 それくらいは、見ていれば分かった。ハルナとて直接指導したこともある。ナガトはいつもへらへらと笑っている軟弱者かと最初は思っていたが、誰よりも負けず嫌いなのだと知った。アカギは斜に構えているかと思えば、子どもじみた熱さも秘めた生真面目な男だった。二人並べれば口論ばかりでやかましいが、その実、互いを高め合ういい組み合わせだ。
 失うのは惜しい。それは確かに、言葉通りに違いない。

「……定期的に連絡を取るくらいしかできん。奴らが俺の忠告を聞く保証もできん。それでもいいか」
『十分だよ。ありがとう、ハルちゃん』
「その呼び方はやめろ、気色悪い。それより、お前の方は大丈夫なんだろうな」

 入隊以来の付き合いの友人は、一瞬だけ間をあけて小さく笑った。

『ふーん? なんだかんだで心配してくれてるんだ? やっさしーい。さすがだね、ハルちゃん』
「茶化すな! もういい、お前なんぞ知るかっ!」
『ちょ、待って待って。ごめんって。――おれ達は大丈夫だよ。大丈夫なように艦長が動いてくれたんだ。査問会の予定も今のところないしね。ま、これから先どうなるか分からないけど』

 なにを言おうか迷っているうちに、下官がハルナを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら新たな感染者が発生したらしい。その声が向こうにも届いたのか、スズヤが「そろそろ行ったら?」と声をかけてきた。
 妙に穏やかな声が気に食わなかった。心配だと、不安だと言えばいい。現状に納得していないと喚けばいい。そんなことができる立場でも年齢でもないことは十分に理解していたが、やるせなさだけが募っていく。
 なにを言うべきか、すぐに言葉が浮かんでこない。こんなときに上手く言葉を引き出せない己の語彙力のなさと気の回らなさを、どうしようもなく歯がゆく思う。結局出てきたのは、自分でも馬鹿らしいと思うものだった。

「スズヤ、あの馬鹿二人を連れ帰ったら、メシ奢れ」
『――ぷっ、あはは! いいよ、りょーかい。好きなだけ食べなよ。デザートも付けてあげる。マミヤちゃんとチトセちゃんも誘ってあげるよ』
「ッ、あの二人は関係ない! 切るぞ!!」
『はいはーい。……なあ、死ぬなよ、ハルナ』

 ぶつん。真っ黒になった携帯端末のモニターには、なんとも表現しがたい表情の自分が映っていた。
 勢いに任せて通話を切断する直前に聞こえてきた声は、スズヤにはとてもじゃないが似合わないような、痛切な祈りのようなものだった。“祈り”だなんて、ますます彼に似合わない。彼は「神様なんているわけないよ」と吐き捨てていたではないか。
 息つく暇もなく、焦れたように呼ばれた。通信機のスイッチを入れ直し、ハルナはその場で踵を返した。


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