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 奏は「それ、どこのB級映画?」と失笑していたが、その実、話の八割以上をすんなりと飲み込んでいることが雰囲気で伺えた。表面上では穂香も納得したそぶりを見せたが、内心は未だに疑いを隠せない。目の前でどれだけ非現実的な現象を見せつけられたとしても、心が納得してくれない。
 協力の内容についても、彼らはあまり詳しく語ろうとしなかった。大まかな内容は教えてくれたが、具体的にどうすればいいかを奏が訊ねると、上手く躱して誤魔化される。
 三日に一度行っている目に見えた“協力”が、夜の訪問による定期検診だった。

「あれ、そういえば今日はお姉さんは?」

 穂香の指先に針で小さな穴をあけ、採取した血を計器で計りながらナガトが訊ねてきた。血糖値を計る機械とよく似ているが、まったく違うものなのだろう。すぐに塞がる傷口に脱脂綿を押し当て、じくりとした痛みを散らすように穂香は首を振った。

「あ、今日は、飲み会だそうです。大学のお友達と……」
「てことは遅くなっちゃうのかー。どうすっかなー、今戻ると面倒だしな……よし、じゃあ待たせてもらうね」

 ふんわりとした人好きのする笑みを浮かべておきながら、その口調は否定を許さない。たとえ思っていても「駄目です」などと言えない穂香にしてみれば、ただ頷くことしかできなかった。
 いくつかの質問と簡単な検査を終えると、あとは奏を待つだけとなった。一問一答の会話がなくなれば、自然と静寂が訪れる。特に男性との会話に苦手意識を持つ穂香にとって、この沈黙は苦痛だった。美容院などでの店員との会話も上手く続かず、しどろもどろになってしまうのが常だ。
 しかし、ナガトは穂香がなにか話した方がいいのではと焦り始めた頃に当たり障りのない会話を投げかけてくれ、穂香が答えるとそこからさらに話を広げたり、きちんと反応してから笑顔で口を噤んだりする。
 一言で言うなら、楽だった。気を遣われていることを思えば申し訳なくなるが、沈黙に対するいたたまれなさや、上手く会話を繋げられない罪悪感を味わうこともない。ナガトはどうやら、聞き上手であり話し上手でもあるらしい。――アカギとは違って。
 あの鋭い目つきを思い出し、穂香は内心震え上がった。あの人は苦手だ。あの人は怖い。見た目はもちろん、触れれば切られそうな雰囲気や口調の一つ一つが恐ろしい。
 「参考までに聞きたいんだけどね」ぼんやりしていると、ふいにそう切り出された。

「――もしもこの世界の植物から色がなくなったら、どう思う?」

 答えにくい質問だった。極彩色に彩られた植物が当たり前の世界だ。それがなくなったらと想像するのは難しい。
 それに、ナガト達の世界はそれが現実なのだという。どう答えろというのだろう。目に見えて困惑した穂香に、彼は朗らかに笑って首を傾げた。

「どんな答えでもいいよ。考えつかないのは当たり前だし、今のきみが出した答えが現実になったときに変わったって、なんらおかしくはない。だから自由に思ったことを言ってくれていいんだよ。そんな必要はないんだけど、俺に気を遣ってくれるなら当たり障りのない感じで大丈夫だから」
「あ……、えっと、」

 鉢植えの中で息づく緑の植物。薄いピンクやオレンジの花が咲き、緑の葉が揺れている。
 もしもそれが、真っ白に変わってしまったら。
 ――そうなったら、この世界はきっと美しいだろう。息を飲むような光景が広がっているのだろう。
 テレビで見たことがある。極寒の地ではすべてが凍りつき、雪化粧を施された世界は白く染め変えられていた。樹氷と呼ばれるそれは、真っ青な空に向かって伸びる純白の木々だ。
 美しかった。すべてが白く染まった世界は、きっと綺麗に違いない。
 けれど、そんなことを彼らに言えるはずもない。

「……こ、怖いと、思います」
「そっか、そうだよね。ありがとう」
「いえ……」

 続かない会話を気にした風もなく、ナガトは穂香の机の上に広げられている参考書を興味深げに覗き込んできた。英語を見て「これ何番の言語だろう」などと言いながら耳元をいじっている。彼らに支給されている通信機には、いわゆる異世界の言語も同時翻訳できる変換機能がついているらしい。羨ましいと思ったことは内緒だ。
 気がつけば彼の口からは流暢な英語が流れ出していて、目を丸くさせる穂香を見て悪戯っ子のように笑った。すぐさま日本語に切り替えて「どう?」などと聞いてくるあどけなさは、彼が軍人だということを疑わせる一つの要因でもある。

「あ、そういえばさ、お父さんはもうすぐ退院できるって。レベルBの感染だったし、完全寄生にまでいってなかったから完治するよ。後遺症も残らない」
「そう、ですか。……よかった」

 レベルや完全寄生がなにを示しているのかは理解しきれないが、それ以外に言葉が見つからなかった。心の底から安堵する。
 あの日、父は白の植物に感染していた。凶暴化した父とナガト達が争っていたときの衝撃を、今でもはっきりと覚えている。ミーティアが発砲したこともだ。
 彼女が持っていた銃は、薬銃と呼ばれるものだった。いわば麻酔銃らしく、感染者用に開発された銃で、身体ダメージは最小限に抑えられているという。


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