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「ゆるせなかった。ゆるせなかったのっ! 我慢できなかった!! わたしはっ、この手で緑を守る人達の、一番近くにいるのよ! わたし達が生んだ緑を、白の脅威から守ってくれる人達の傍に! こんな地獄なんてない、緑の世界を眺められる場所にいるの! なのにっ、なのに、こんなのっ」
「うん、うん……!」
「わたし達を理由に、なんでこんなことするのよぉっ!! ねえ、なんで!? なんで普通に暮らしちゃいけないの!? なんで普通に死んじゃいけないの!? なんでっ」
「マミヤ、もういいっ、もう我慢しなくていいから! 全部吐いていい、我慢しなくていい! 大丈夫だからっ」

 覆い被さるように抱き締めて、チトセは必死に嗚咽を堪えた。それでも涙は止まらない。――あたしが泣くな。つらいのはマミヤだ。そう思って頬の内側を噛み締めたというのに、涙腺は決壊したかのように言うことを聞かない。
 抱きかかえた頭は、マミヤがいつも「薄い」だの「可哀想」だのと酷評するチトセの胸の中で、休むことなく吠え立てた。それは己の血に対する嘆きだったり、緑花院に対する恨みだったりと様々だ。
 チトセに強くしがみつき、マミヤはわんわんと泣きじゃくる。

「なんでよ、ねえ、なんでよぉ。もうやだ、嫌なの。だから、だからわたし、」

 許せなかった。嫌だった。もうこれ以上、なにも奪われたくなかった。こんな血いらなかった。欲しくなかった。ただ普通に生きたかった。ただ普通に死にたかった。
 ただ、それだけでよかったの。
 ――それは慟哭だった。

「ごめっ、ね……」
「え?」
「ごめんねぇ、チトセぇ。ごめん、ごめんねぇっ」
「やだ、なんであんたが謝んのよ、ねえ、なんで、」

 問いかけて気づく。
 空軍の立場を悪くさせるかもしれない。だから「ごめんね」だ。マミヤの行動によって、空軍の地位が揺らぐかもしれない。風当たりが強くなるかもしれない。彼女が守りたかったものは、彼女の行動によって壊されるかもしれない。
 ヒュウガ隊を送ったことによって、彼らまでもが命の危険に晒された。見知らぬプレートで命を落とすかもしれない。
 だから、「ごめんね」。
 チトセの夢は、特殊飛行部のパイロットだ。いつか必ず、あの場所に辿り着くと決めていた。それはまだ遠いけれど、いつか、必ず。
 それを奪うかもしれない。だから。だから「ごめんね」なんて。
 泣きながら謝り続けるマミヤをさらにきつく掻き抱き、「ばかじゃないの」と怒鳴りつけた。
 ああもう、本当にこの子は馬鹿だ。

「大丈夫、大丈夫よ。大丈夫に決まってんじゃない。みんなもピンピンして帰ってくるわよ。あの人達、後ろから鈍器で思いっきり殴ったって死にゃしないわよ。そのために鍛えてんじゃない。ね?」

 大丈夫。大丈夫だから。

「チトセ、おねがい、きらわ、な、でっ」
「なに言ってんの、なんであんたを嫌うのよ!」
「だって、わたし、ふつうじゃっ」

 普通じゃないからなんだというのだ。マミヤが普通じゃないことくらい、とっくに知っている。
 いっそ窒息してしまえと思いながら強く抱き締めて、チトセは大きく首を振った。

「馬鹿言わないで、好きに決まってんでしょ。嫌いになるわけないじゃない。なんでそんなことも分かんないのよ、ほんっと馬鹿でしょあんた。馬鹿マミヤ!」

 背中に腕が回され、縋りつくように力が込められる。初めて吐露された親友の痛みに胸を抉られ、曝け出された弱い部分を必死で包み込んだ。凍えることのないようにぬくもりを与え、傍にいることが分かるように強く抱き締める。
 こんなときに上手く言葉を紡ぎ出せない自分を恨んだ。気の利いた慰めの台詞などちっとも浮かんでこない。

「ごめ、なさ……! みんなになにかあったら、どうしよう……!」
「だから大丈夫だってば! みんな上手くやるわよ。それにほら、あれじゃない、ほら。ね、大丈夫よ。とにかく大丈夫なんだってば、変なことになんてなりゃしないって。だって、そうでしょ?」

 大丈夫だから。大丈夫に決まってる。
 そうでなきゃ、困る。
 祈るように、チトセは言った。


「――あんたの話じゃ、あのムサシ司令が動いてくれたってんだから」


【21話*end】
【2016.0911.加筆修正】




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