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 なにしろ、ハルナから聞かされた話は受け入れがたいものだったのだ。緑のゆりかご計画などという胸糞の悪い計画によりにもよって自分達が巻き込まれていただなんて、考えただけで反吐が出る。
 一通りの説明を受けた穂香は、真っ青になったまま一言も喋ろうとしなかった。自分達の国が滅びることに怯えているのか、それとも、先ほど目の当たりにした光景に怯えているのか。どちらにせよ、彼女には刺激の強すぎるものだったのだろう。
 水で喉を潤したハルナが、ちらりと穂香に視線をくれた。テールベルトでは男女ともに人気を博しているハルナだが、なにも知らない穂香からすれば、彼の鋭い双眸は恐怖にしか感じないらしい。びくりと跳ねた身体が直接伝わってくる。

「今、ソウヤ一尉から連絡が入った。もう一人の要救助者とナガトは、無事に救出したようだ」
「――だとよ、よかったな」

 声を奪われてしまったかのように、穂香はこくりと頷いた。その眦から、またしても涙が滑り落ちていく。
 他の隊員は白の植物の対応に追われていて、ブリーフィングルームにはアカギと穂香、それからハルナの三人しかいなかった。その全員が饒舌な方でないとすれば、自然と気まずい沈黙が降りてくる。
 報告はもうすでに終わった。一通り話も聞いたし、文句や不満もありったけぶちまけた。そうなると、あとはもう吐き出す言葉が出てこない。ハルナもアカギも、雑談向きではないのだ。
 しかしそんな空気は、一瞬で色を変えた。

「おーっす! ひっさしぶりだな、アカギ! 元気にしてたかー?」
「カガ二佐!」
「おっ、なんだなんだ、わっけぇ嬢ちゃんだなー。怖かったろ、もう大丈夫だぞー」

 アカギを穂香から引き剥がすようにしてカガが覗き込み、小さな頭を掻き交ぜながら笑った。本人は元気づけるつもりで悪意などなかったのだろうが、がっしりとした体格のカガに穂香はますます萎縮してしまったらしい。ぱくぱくと金魚のように口を動かしたかと思うと、彼女はぱっと顔を隠すようにアカギにしがみついてきた。

「あれ?」
「艦長、民間人を怖がらせんでください」
「え、なんで? オッチャンなんか悪いことした!?」

 「大丈夫だぞ、怖くないぞー! ほーれ、ほーれ!」小さな子どもをあやすように必死に頬を指で引っ張るカガだが、それが余計に怖がらせていると気づいていないらしい。見かねたハルナがカガの奇行を取り押さえ、今まで自分が座っていた椅子を彼に譲った。
 げらげらと大声で笑うカガを見ていると、現状がなんでもないことのように思えてくるから不思議だ。特殊飛行部の中でも最も癖のあると言われているのがこのカガで、かつてはアカギ達の艦長であるヒュウガの後輩だったらしい。

「ところでアカギ、状況は把握できたか?」
「はい。ハルナ二尉から大筋は聞きました。緑のゆりかご計画だって。カガ二佐、爆弾の特定はもうできているんですか?」
「いんや、まだだなー。ヒュウガ隊の方で特定を急いじゃいるが、難しいらしい。俺達は白いのをなんとかすんので忙しいしなぁ」
「そんな悠長な! だって、ジグダ燃料爆弾なんですよね? あんなもんどうやって、」
「解除すんだとよ。だから今、ソウヤ達がチビ博士の救助に向かってる。――だよなぁ、ハルナ?」

 カガがそう問いかけた先のハルナは、外していたゴーグルを再び装着しているところだった。彫りの深い精悍な顔立ちが、ゴーグルによって隠される。

「ええ。――それでは艦長、二人を頼みます」
「おー。気をつけて行ってこいよー」

 ろくに休みもしていないのに出て行こうとしたハルナに、穂香が信じられないというような目を向けていた。またあんな場所に行くのか。言葉にせずとも、その目がありありと語っている。
 待つ側の人間はこんな顔をするのかと、思わぬところで気づかされた。だからといって、止めることなどできはしない。

「ハルナ二尉、俺も行きます!」
「お前は待機だ、アカギ。すぐにヒュウガ隊と合流することになる。それまではここにいろ。情報ならここに入ってくる」
「いいえっ、俺も戦います!」
「――なら言い方を変える」

 一瞬にして声が冷えた。ハルナはかっちりと装着していたゴーグルを額の方にずらし、ひたとアカギを見据えて視線を凍らせる。まるで狼に睨まれているような錯覚を覚えるそれに、喉の奥が締まる。


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