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「な、なに!?」
「お前が本物のハインケルなら、――いいか、絶対に動くなよ」

 言うが早いか、ソウヤは腰から拳銃を抜いてハインケルの両手の間を撃ち抜いた。凄まじい発砲音に鼓膜が揺れる。庇うように耳を手で覆って、そこで気がついた。
 手錠の鎖が、撃ち砕かれたのだ。

「――行くぞ」
「ソウヤ一尉、さっきからやること大胆すぎますって。怪我したらどうすんですか、もー」
「ちゃんと動くなっつったろうが。それともスズヤ、お前が開錠してくれんのか?」
「おあいにくさま。ピッキングスキルは持ち合わせてませーん」

 けらけらと笑うスズヤに肘を掴んで立たされ、白衣の乱れを正された。前髪を掻き分けてくる指先は、ソウヤのものよりずっと丁寧だ。

「こっちの事情を理解してくれてるってのはありがたい。でもおれ達は、そっちの事情を把握してないんだ。道中、どうしてチビ博士が大きくなったのか説明してくれる? ――おれはまだ、君が博士だって完全に信じたわけじゃない」

 ハインケルを誘導する手も声も顔も、そのすべてがソウヤより穏やかなくせに、その実スズヤの言葉は刃物のように鋭く切り込んでくる。この人は、ソウヤよりもずっと性質が悪い。心から冷える恐怖を覚えながら、もつれそうになる足で必死に彼らについていった。
 ソウヤの手並みは、噂通り実に鮮やかだった。次から次へとやってくる邪魔者を、ちぎっては投げちぎっては投げの大立ち回りを演じている。しかしその動きは、必要最小限で無駄がない。長い手足と抜群の運動神経を持つ軍人に、雇われの力自慢程度が敵うはずもなかった。
 ハインケルがどうして自分の姿が変わっているのかを説明している合間にも、ソウヤがまた一人落としていく。
 無機質な廊下の造りは、ハインケルの勤める研究室のそれと酷似していた。どうやらここがドルニエの根城らしい。
 人が多い。武人だけでなく、白衣を着た研究員の姿も多く見られた。
 様々な思考が浮かんでは消えていく。そうして選りすぐったデータは、必ずや正解に近づくはずだ。意識は二人の軍人に向く。ヒュウガ隊のスズヤがここにいるのはまだ分かる。なぜイセ隊のソウヤがここにいるのだろう。
 緑のゆりかご計画を阻止するために来たのだとすれば、彼らはもうすでに自らの立場を手放す気でいるはずだ。これだけのことをしておいて、お咎めなしというわけにはいくまい。その自覚がなければ、ここまで大胆に動けるはずもない。
 ――だったら。

「あっ、あの! お願いが、あります!」
「なに、どうしたの急に。無駄な時間はかけてられないんだけど?」
「お二人は、爆弾の場所、知ってるんですか」

 すかさず無線で確認をとったソウヤが、小さく首を振る。どうやらまだ特定はできていないらしい。彼らの艦に一度避難する予定なのだろうが、それでは時間が惜しい。
 ひと気のない階段の踊り場に身を隠し、ハインケルはそれぞれ違った迫力を持つ軍人二人を前に、曲がりそうになる背筋をしゃんと伸ばした。

「ここは、艦の研究室側です、よね? あの、だから、実験室が――隔離施設が、あるはずなんです。ドルニエはきっと、そこに感染者を飼ってる。だから、お二人には、そこを破壊してほしいんです」
「まぁた突拍子もねぇ話だな。その目的は?」
「この研究室側に感染者を解き放って、混乱を招いてほしい。それさえできれば、その間にデータを書き換えて装置を止められる。――この世界に撒かれた白の脅威も、きっと潰せる」
「あのねぇ、ハインケル博士。その装置がどこにあるのかってゆーのを今探してるんだよ。それとも、君の頭にかかればそれもお見通しなのかな?」

 呆れたように笑うスズヤは、やってられないとでも言いたげだった。

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