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「マミヤ様って、なんで空軍(うち)に入ったんでしょうねぇ」
「さてなぁ。案外気まぐれだったりしてな」
「いやいや、でも、気まぐれで王族の人が軍隊に入るなんてしないでしょう。それも女性が」
「じゃあお前は、どんな理由なら満足するんだ?」

 外を通りかかった人影に最大限の注意を払いながら、データリンクの具合を見る。作業の進行具合を示すゲージは、やっと半分を過ぎたところだった。

「どんなって……、別にどんな理由でも構いませんけど」
「だったらそれでいいだろ」
「でも、気になりません? 知りたくなるのが人間の性(さが)ってやつですよ、うん」
「ならお前は? どうしてうちに入ったんだ」

 イブキの胸ポケットにぶら下がった美少女のストラップが微笑んでいる。彼は少し考えるように首を傾げてから、小さく笑った。
 軽口を叩きつつも目の前のモニターに集中しているイブキには、ソウヤの声音が僅かに変化したことに気づいていない。

「うーん。それなりに給料がいいからですかねぇ。それに空軍ってカッコイイし。戦闘員じゃないなら、すぐに死ぬ危険もないし」

 その答えに思わず反射的に笑ってしまい、その瞬間にイブキの肩が震えた。
 隣に立つ男がその戦闘員であると、今さらながら気づいたのだろう。だが、別段気に障ったわけでもないので聞き流す。死の危険と隣り合わせの仕事に就いていることは、他の誰でもない自分が一番よく理解している。この程度で気分を害するほど若くもなければ、熱くもない。
 マミヤが空軍に入隊した理由など聞いたこともないし、聞こうとも思わなかった。チトセの志望動機くらいならば聞いてみたい気もするが、あの「お姫さん」の理由に触れるような真似は謹んで遠慮申し上げたい気分だ。
 聞いてしまえば、嫌でも彼女の覚悟を知ることになる。これ以上巻き込まれるのはごめんだ。
 そこまで考えて、ソウヤは小さく自嘲した。人目を忍んでこんなことをしておきながら、これ以上巻き込まれたくとは笑わせる。

「あの……、ソウヤ一尉は?」
「ん? 俺か? 白いバケモノ共を、跡形もなく焼き尽くしたかったからだな」
「え……」
「っつーのは少し大げさだけどな。ジジイが空軍出身だったから、その流れで入ったってのが一番の理由だ」

 注意はしっかり外に向けたまま、ソウヤは足を組み替えて笑った。複雑そうな顔をしたイブキが、少し指の動きを鈍らせる。
 ――どんな理由なら満足するんだ? その問いかけの意味に気づいたのかもしれなかった。
 青白いモニターの画面に照らされていたイブキが、しばらく口を噤んでいた。
 端末の起動音だけが耳に残る。数分後、ピーッという電子音のあとに、接続していたカードリーダーから名刺サイズのカードが吐き出された。それを取り上げて手帳に挟み、労うようにイブキの肩を軽く叩く。

「よくやった、お疲れさん」
「……でも、本当にどうなるんスかね、このあと。これがバレたら……」
「ま、履歴書でも書いとけ。お前の若さなら次があんだろ」
「やっぱりクビになる流れ!?」
「うるさい黙れ、でかい声出すんじゃねぇしばくぞ」

 バインダーの角を振り下ろせば、途端にイブキがキーボードに顔をめり込ませた。どうせ自分の端末ではないから構わないが、もうこのキーボードには触れたくない。
 それに、心配せずともイブキが関わったことを証明するものは残していない。作業履歴はイブキ自身が書き換えているし、万が一それが露見したとしても、使用したIDはソウヤのものだ。この端末はどの隊員でも自由に使用できるものなので、イブキの指紋が検出されたところで不思議はない。
 監視カメラも細工した。やりすぎではないかとイブキは言ったが、これからやることを考えれば、いくらやったところでやりすぎということはない。
 痛みか、それともそれ以外の要因か。涙目で見上げてくるイブキを置いて空渡観察室をあとにしたソウヤは、個人用携帯端末を取り出して何食わぬ顔でコールした。
 数コール後、僅かなノイズを乗せて回線が繋がる。

「おー、久しぶりだな。元気にしてっか? ――あ? なんだって? 後ろのオッサン黙らせろ、聞こえねぇ。うるせぇな、でかい声出すんじゃねぇよ、“ハルちゃん”」


【17話*end】
【2016.0403.加筆修正】

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