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「ねえねえ、えるくん。さっきの見たー?」
「さっきの?」
「鳥さん! 真っ黒で小さくって、可愛かったよー! めっずらしいよねー、あたしも初めて見たんだー」
「あの鳥か……随分人慣れしてるみたいだな。ついこの前、ユーリの部屋で見かけた」
「そーなの? かわいーよね、あの子。飼ってみたいなあ。こーんなちっちゃくってさ、手のひらに乗るくらいなんだよ」

 これくらいの、と手で大きさを表すラヴァリルはまるで小さな子供のようだ。

「お前の鳥じゃなかったのか?」
「違うよー。あたし初めて見たって言ったでしょ? もーう、えるくんボケちゃった?」
「誰がだ、誰が。たっく。それにしたって、あれは野生だろ? だったらそっとしとくのが一番じゃないか?」
「うわ……なんていうかさ、えるくんってマジメだよねえ。ライナには負けるだろうけど。テキトーに手を抜いちゃえばいいのに」

 けたけたと声を上げて笑う様を見る限り、『淑女』という言葉は程遠い。そしてそれと同じくらい、銃を手にし、殺伐とした空気を醸し出す姿は似合わなかった。
 それでも先だっての光景は、紛れもない事実なのだ。
 闇夜でひらりひらりと舞うように体を動かし、狙いを定め引き金を引く姿。緑柱石の瞳は得物を捉えた猫のように細められ、赤い唇が弧を描く。放たれた銀の弾丸が肉を抉り、命を奪う――。
 それが魔導師としてのラヴァリルだ。
 血の海に沈んだ人狼を思い出し、エルクディアはかぶりを振った。蘇ってくる凄惨な光景を振り払い、ずっと燻っていた疑問をなんとはなしに口にする。

「一つ訊いていいか?」
「んー?」
「あのとき、なんで銃声がしなかったんだ?」
「あのとき? ――ああ、あのとき! えっとね、それはちょこっと特殊な道具つけてたからだよ。魔道具の一種で、消音器(サイレンサー)ってゆーの。弾の威力も倍増だし、気づかれないうちにサクっと殺れちゃうスグレモノ。超旧文明の応用なんだってさ」
「……穏やかじゃないな」
「ソレ、えるくんが言うセリフ? まあでも、消音器は消耗品ですっごい高価なモノだから、無駄遣いできないんだけどね。だから魔導師以外には、あんまり知られてないみたい」 

 確かにエルクディアには消音器がどんなものなのか、あまり想像できなかった。
 銃声を掻き消し、威力を高めるとは理想的な道具だ。
 時に魔導師達は、他の人間が予想もつかないような道具を生み出すことがある。箱型の転移装置などがいい例だが、存在を一般に知られることはあまりない。
 秘密にしているというわけではないらしいが、自ら他言するような者もいないのだろう。
 魔導師はどこか世間から一歩身を引いた印象を受けるため、情報が浸透しにくいのかもしれない。
 ととと、と小走りで先を行くラヴァリルを追うように、エルクディアも止めていた足を無意識に動かした。
 彼女から視線をずらして中庭の方を見やると、黄色い花が揺れていた。もうすぐ時期の終わるケリアの花だ。

 ――早いな。
 シエラを迎え入れたとき、一面にケリアの花が咲き誇っていたのを思い出す。それが今では、次第に別の花に移り変わり、もうじき目にしなくなるのだろう。
 これから咲く花でエルクディアの気に入りは、サザンクロスだ。剣技の名にもなった南十字を示す花。
 いつかゆっくり見ることができるだろうか。誰かに言えば甘いと一蹴されそうな考えだが、エルクディアは純粋にそう思った。
 感受性はきっと豊かなのだと思う。けれどあの子――無論シエラのことだ――は、感情の出し方が人より少し不器用だ。
 だから、もっと自然にあの子が自分を出せるような環境を作ってやりたい。
 本人にそう告げれば、大きなお世話だと言われるだろうけれど。

「えーるくーん。なにぼーっとしてるの?」
「え? あ、悪い。その魔道具ってどんなのかなと思って」

 咄嗟に出てきた言い訳に、自分でも苦笑する。別に嘘をつく必要などなかったのだが、言ってしまったあとではもうどうしようもない。
 きょとんとしたラヴァリルは踊るようにその場で一回転し、楽しそうに破顔する。次の瞬間、エルクディアはなにが起こっているのか、瞬時には理解できなかった。

「試してみる?」

 ジャキン、と重たい金属音がする。
 意識を現実に引き戻し、ラヴァリルを映そうとした瞳に真っ先に飛び込んできたのは、真っ直ぐに向けられた闇よりも深い銃口だった。

「もーう、やっだなあ! そんな警戒しないでよ、冗談だよじょーだん!」

 それでもまだ、銃口を向けたままのラヴァリルに、体の奥の方が小さく警鐘を鳴らしていた。
 きつく睨み据えれば、彼女は観念したように苦笑して腕を下ろす。ごめんね、と舌を出して謝られたが、エルクディアにできるのは深く息をつくことだけだった。それが安堵の息だったのか、呆れから出た息だったのかは判断しがたい。
 いくら無邪気とはいえ、やっていいことと悪いことがある。
 ラヴァリルはこう見えても二十歳を越えているのだから、ものの善し悪しの区別くらいつけられなければならない。
 そういった軽い戒めの意味も込めて無言で目を細めれば、今度はしゅんと項垂れて、ごめんなさいと小さな声で謝ってきた。
 まるで垂れた犬の耳でも見えそうな様子に、ようやっとエルクディアも肩の力を抜いて表情を和らげる。

「今の、ライナにやってたらもっと怒られてたぞ。いくら銃弾が対人には役に立たないって言っても、次からは気をつけろよ。分かったらほら、さっさと仕舞え」
「ううー。だってそんな怒ると思わなかったんだもん。笑って流してくれると思ったのにさー」

 反省はしているがどこか不貞腐れた様子のラヴァリルは、銃をくるくると回して唇を尖らせた。
 その軽率な行為自体、エルクディアの気に入るものではない。しかし、保護者でもないのだし――と彼は自分に言い聞かせて、言葉を嚥下した。
 ユーリが聞けば、馬鹿馬鹿しいとさえ言われそうな会話だ。もっとも、彼は女性を前にそのようなことは口にしないだろうけれど。

「――でも、意外だったな」
「なにが?」
「その消音器、思っていたより大きい」

 ラヴァリルの手に収まる銀の銃を指差す。銃身部分に取り付けられた円筒状のものは、銃本体と比較すれば随分と長めだ。
 普段目にする彼女の銃は小型で、女性の手にもすっぽりと収まってしまうほど小さい。それを考えると全体の釣り合いが取れていない気もするが、魔道具だというだけあって工夫もされているのだろう。
 消音器を取り外したラヴァリルは、そうかなあと独り言を零しながらそれをあらゆる角度から観察していた。
 そのあと彼女は双眼鏡のように穴を覗き込んで辺りを見渡していたが、しばらくすると満足したのか銃を革帯(ホルスター)に戻して衣服を整えようと制服の襟に手を掛けた。

 ――このときは、整えようとしたのだとエルクディアは思っていた。



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