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「ご満足いただけましたか?」
型破りな戦法で祓魔を終えたヴィシャムが振り返るなり、その表情を凍りつかせた。
刹那、風を切る音がシエラの耳にも届き、身を竦ませると同時に甲高い金属音がすぐ近くで響く。反射的に俯いていた顔を上げると、目の前にはエルクディアとサイラスがそれぞれ長剣を構えて背を向けていた。
その足元に短剣が落ちている。見覚えのあるそれに奪われていた意識を、雷鳴とは似て非なる銃声が掻き乱した。
「シエラっ!」
エルクディアに抱きすくめられ、あのときの血の匂いがよみがえって身体が震えた。だが、鼻先に纏わりつく鉄臭さはない。
「久しぶりだね、シエラ。ホーリーにいたのに全然日焼けしてないの? いいなぁ、羨ましーい!」
「ラヴァリル、――リースも! もう身体は大丈夫なのか?」
「下がれシエラ! 今撃ってきたのはあいつだ!」
腕の中から抜け出そうともがくシエラを、エルクディアはきつく抱き締めてそれを阻んだ。すぐさま周りを男達が囲む。
シエラの真正面で錫杖を構えたバスィールが、足元に落ちた遊環(ゆかん)を拾い上げて懐に仕舞った。どうやら彼がラヴァリルの銃弾を阻んだらしい。
「……ラヴァリル?」
「なーに? やだなぁ、そんな顔しないでよ。……あたしだって、友達にこんなことしたくない」
見慣れた銀の銃が、まっすぐにシエラに向けられる。美しい薔薇の彫り物が施されたそれは、一種の芸術品のようで好きだった。それを手に駆け回るラヴァリルの姿も。
だが、今の彼女はどこか冷たい目でシエラを見ているだけだ。リースも短剣を手にしたまま、ぴくりとも動かない。怪我の具合はどうなのかと聞きたくとも、それが許されるような雰囲気ではなかった。
フォルクハルトがぼきりと指を鳴らす。
「オイ、どーゆーこった? これってマズイんじゃねぇの?」
「たぶんそうだけど、でもあたし達も仕事だもん。助けてほしーなぁ。シエラを連れて行かなきゃ、あたし達が代わりに始末されるんだよ」
一定の距離を保ったまま、ラヴァリルは自嘲気味に笑った。
「理事長はね、別にシエラを傷つけようって思ってるわけじゃないの。ただ、シエラが魔導師側に来てくれたらいいなぁって、それだけ」
「どういうつもりですか、ラヴァリル! こんな酷い真似っ!」
「魔導師って聞いただけで眉間に皺寄せてたライナに言われたくない」
ぴしゃりと打ち据えるような声に、ライナが愕然とした。
日が落ちる。暗く染まる空の下、ラヴァリルの蜂蜜色の髪が風に揺れた。
「もう、勘違いしないで。あたしはケンカしにきたんじゃないの。そりゃ、ちょーっと強硬手段で連れて行けたらいいなぁとは思ってたけど! でも、えるくん達がいるんだもん。無理だって分かってた。だからね、交渉しに来たの」
「交渉?」
「聞くな、シエラ。耳を貸す必要はない」
「えるくん過保護すぎ! 聞くかどうかを決めるのはシエラだよ。――でしょ? ねえ、シエラ。あなたが来てくれたら、魔導師達は聖職者に害をなさない。この銃弾の秘密だって教えてあげる。一緒に協力して魔物を倒そう? そしたらこの世界はもっと平和になるんだよ」
剣を握っていたサイラスが、いつの間にか弓に持ち替えていた。
急な事態に頭がついていかなかった。姿を消した二人の魔導師が急に現れたかと思えば、武器を向けて「ついてこい」と言ってくる。かろうじて彼女達の目的が自分であることは理解できたが、それ以上のことは無理だった。
「銃弾の秘密? んなもん、ここでテメェらとっ捕まえて吐かせりゃ早いだろうがよ!」
フォルクハルトが飛び出し、ラヴァリルの鳩尾に向けて容赦なく拳を突き出した。か細い身体は呆気なく沈み、事態は収束する――はずだった。
「なっ……」
「っと! 初めましてだよね? 銀髪ってコトはあなたも聖職者?」
「フォルト、退け!」
フォルクハルトの一撃をひらりと躱したラヴァリルは、迷うことなく引き金を引いた。空気の割れる音が響くのと、地を蹴ったヴィシャムがフォルクハルトを抱きかかえるようにして地面に転がったのはほぼ同時だった。
フォルクハルトの腕に、一筋の赤い線が走っている。
「ラヴァリル! 貴方、それがなにか分かっているんですか!?」
「分かってるよ。人を傷つけることができる銃弾でしょ? シエラ、こんなの怖いよね? でもね、シエラがあたし達のところに来てくれるだけで、これは脅威じゃなくなるんだよ。えるくんやそっちのウニのおにーさんの方がよく分かるんじゃない? これがあれば、これからの戦がどうなるか」
エルクディアとサイラスの表情が、より一層冷えていく様を見た。割れた丸鏡を麻袋に入れて大事に持っていたルチアが、頭にテュールを乗せたままシエラの服の裾を引く。
「ねえ、あの人たち、止めてあげよっかぁ?」
「……駄目だ。毒は使えない」
「ころさないようにできるよ? それでもだめ?」
「駄目だ。今捕まえたら、」
「――今捕まったら、アスラナ王は間違いなくあたし達を処刑する。さすがに死にたくはないなぁ」
内容とは裏腹に明るい調子で言ったラヴァリルは、短剣を構えるリースに寄り添って再び銃口をこちらに向けてきた。その瞳に迷いはない。アスラナ城を駆け回っていたのと同一人物とは思えない、凍てついた輝きだった。
それまで沈黙を守っていたバスィールが、静かに一歩前へ出た。銃口がぴたりと彼の胸を狙う。