21 [ 445/682 ]

 自ら記録を捲って祓魔依頼を検索し、さっさと外に出ようと思えば寄ってたかって止められた。「陛下のご命令です」の一点張りで、普段は見逃してくれる庭師ですら、裏道を使うことを許さない。さすがは天下のアスラナ城だと言うべきなのだろうが、この警備の堅さでは本当に一歩も外へは出られなさそうだ。
 苦笑したライナがゆっくり湯船に足を入れ、肩まで浸かるとほっと息を吐いた。気持ちのよさそうな様子に多少心が和むが、シエラの苛立ちはなかなかほぐれない。

「シエラはお城から出たいんだよねぇ? ルチアがなんとかしてあげよっか?」
「それは駄目だ。帰ってきたときにそれこそ幽閉されかねない」
「もっともですね。大問題になります」
「ちぇー。せっかくルチアがゆってあげてるのにぃ」

 拗ねるルチアが、一度湯船の底に深く潜った。

「昨夜は凄い剣幕でしたけど……、本当に陛下がそのようなことを仰ったんですか?」
「ああ。はっきりと道具だと言われた。百歩譲ってそこは我慢する。――だが、大人しく飾られておけと言われて黙ってはいられない。私は最初から言っている。お飾りのお人形になどなる気はない、と」

 それこそ、この城に来たときからずっと言い続けていることでもある。
 シエラの話を聞いたライナは、温まって赤らんだ顔に難しい表情を浮かべて考え込んでいた。こめかみに張りついた前髪を掻き分ける仕草が、ほんのりと色っぽい。

「確かに危険はありますが、ここでシエラを隔離することにはわたしもあまり賛成できません。もちろん、貴方の安全を考えればそうしたいという気持ちはあります。でも……」
「なんのためにエルクがいると思っているんだ。そのための騎士長だろう」
「そうなんですよね。魔物戦には役立たずでも、対人戦では聖職者とは比べ物になりません。確かに魔術は厄介ですが、それだって結界である程度防げますし。……なんだか数日前から、陛下のご様子がおかしいように思います」
「オリヴィニスとやらから来た客のせいか?」

 今朝引き合わされたばかりの極彩色の集団は、シエラを見るなり皆一様に跪いて「姫神様」だの「真白き神の御子」だのと好き勝手に呼んで拝み始めた。当然いい印象を持っているはずがない。
 前日の怒りが残っていたシエラは、ろくに彼らの話も聞かずに礼拝禁止を吐き捨てて謁見の間を飛び出してきたのだ。
 一緒にいたライナやエルクディアが目を零さんばかりに丸くさせていたが、それがなぜなのかはよく分かっていない。

「それももちろんあるでしょうけど、その少し前からですよ。ほら、クラウディオ平原で民間人が魔物に襲われた事件があったでしょう? あの頃からです。こんなに近くで魔物が発生し、なおかつ民間人を魔導師が傷つけたとあっては、穏やかではいられないのでしょうけど……」
「あっ、ねえ、それって、“オリヴィニスの盾”のオリヴィニス?」
「ええ、そうですよ。よく知っていますね、ルチア」
「うんっ! ルチアね、おべんきょーはたっくさんしてるの! ホーテンさまがゆってたんだよ、オリヴィニスは閉ざされた国だけど、昔はたーっくさんの人が行き来してたんだって! ベラリオさまも、オリヴィニスが欲しいってゆってた!」

 無邪気に放たれた二人の王子の名前にライナが僅かに身体を跳ねさせたが、それ以上の反応はなかった。紅茶色の瞳に痛みが浮かんでいないことを確認し、シエラは小さな生き字引とも呼べるルチアに向き直る。
 ぱしゃり。柔らかな湯が、波紋を描く。

「それはどんな国なんだ?」
「んとね、しゅーきょー国家なんだってぇ。王様はいなくってね、おぼーさんのいっちばん位の高い人が王様みたいなことするんだよ。オリヴィニスはおぼーさんがいっぱいいるんだけど、みんなとーっても強いの。金銀こーみゃくを守るひつよーがあるからって、ベラリオさまがゆってた!」

 そんな国の人間が、どうしてシエラに傅くのか。垂れ落ちた蒼い髪を掬い、人知れず嘆息した。

「いーっぱい宝物が埋まってる土地だから、オリヴィニスは何回もいくさが起きたんだよ。国はちっちゃいのに、オリヴィニスは一回も負けなかったの! だから、“オリヴィニスの盾”は壊せないってゆーめーなんだよ。あ、あとね、ホーテンさまがゆってたんだけど、オリヴィニスのこーみゃくにはとくしゅ金属があるかもしれないんだってぇ。だからね、」
「ルチア! それは本当ですか!?」
「わっ! え、ええ? 分かんないけど、ホーテンさまがゆってたもん」

 ルチアの両肩を掴んで詰め寄ったライナの顔色が青褪めている。

「……オリヴィニスが武器を製造して販売しているという話は聞きません。あそこは真の意味で閉ざされた国でした。アスラナはおろか、他の国になんて、とても……」
「別の国で武器を作っている可能性は?」
「ないとは言いませんが、無理やり押し入って資源を奪っていくのは不可能です。……なんにせよ、この時期に大変なお客様がいらしたとしか言いようがありません。それにあの方……バスィールさんと仰いましたか。あの方は、銀髪でしたよね」
「そういえば……」
「法術を使えるだけの神気はあるようですが、祓魔師でも神官でもないようです。オリヴィニスですから当然かもしれませんけど……」

 現在のオリヴィニスについて詳細は知られておらず、ライナ達と同じ意味での“聖職者”の存在は不明とされていた。アブヤド教の信徒はその独自の宗教観念が強いため、“聖職者”としての道を歩む者はほとんどいないだろうというのが周辺国の見解だ。


[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -