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 レンツォとシルディに兄を探したいのだと懇願する姿は、ただの子供にしか見えない。会いたいのだと彼女は言う。探さなきゃ、と。望みどおりに兄が見つかれば、彼は大罪を犯した罪人として処罰されてしまうのだということを、彼女は気づいていない。
 愚かなまでのひたむきさで懇願する小さな姿に、なにかが重なった。それは昔の自分の姿だったのかもしれないし、今の自分の姿だったのかもしれない。

「ルチア」

 気がつけば呼んでいた。隣のエルクディアが目を瞠ったのが分かったが、「なぁに?」と首を傾げたルチアを前に、いまさらなんでもないと言えるわけもない。

「……一緒に、来るか?」
「えっ、いいの!?」
「シエラっ、お前、なに言ってるんだ?」
「ルチアね、ルチアね、シルディほどくわしくはないけど、でもね、ディルートの地図ちゃんっと覚えてるんだよぉ? シエラがいいって言うんだから、いいよねぇ、レンツォ!」

 ぱっと笑顔になって、ルチアは背もたれ越しにレンツォの背に抱きついた。首に回された手に己の手を添えて、秘書官はどうしたものかと思案顔になる。

「まあ確かに、ルチアでしたらどこぞの誰かと違って、自分の身は自分で守れますね」
「僕を見ながら言うの、やめてくれないかなあ。……事実だけど」
「毒は薬にもなりますからね。いいでしょう。そこのお三方が許可するのでしたら、好きになさい。ただし勝手は許しませんよ」
「やったぁ! ねえシエラ、いいよねぇ? クレメンティアも、いい?」

 ライナは困ったように視線を迷わせたが、シエラの横顔を見て諦めたように頷いた。ルチアがさらに笑顔を色濃くさせる。輝く漆黒の瞳がエルクディアへと移り、そこで初めて彼女は怯えのようなものを表情に浮かべた。

「……エルク、ルチアもいっしょで、いい?」

 ルチアには、自分が行ってきたことに対する罪の意識はない。それは少し話していればすぐに理解できた。楽しいこと、気持ちのいいこと、苦しいこと。それがたとえ「悪いこと」だったのだとしても、今は関係ない。エルクディアに対してしたことも、悪いことだとは思っていない。だが彼女は、怒りの感情にはひどく敏感だった。エルクディアの怒り――そう一言で表していいのかは分からない複雑な感情――を感じ取り、距離を開ける。ロルケイト城にいる間、彼女はずっとその距離を保っていた。
 その距離を恐る恐る詰めようとしたルチアは、縋るようにレンツォの首筋に顔をうずめた。

「こんな子供が役に立つのか?」
「こんな子供に苦戦を強いられたのは、どこの騎士長さんでしたでしょうか」
「ちょ、ちょっとレンツォ!」

 シルディが慌てて口を挟むが、一瞬にして殺気立ったエルクディアの空気は変わらない。

「ルチアは子供ですが、土地勘は確かにあります。すべての路地裏を把握しているとは言いませんが、ある程度の地形はこの小さな頭に入っているでしょう。第一、第二王子の元にいたのですからね。この子の力に関しても、すでにご存知かと思いますが? 身体能力も、そこのお嬢さん方より遥かに高いと思いますよ。ルチアを守ろうとはせずとも結構です。あなたはなにも気にせず、対人戦に役に立たない二人の小娘――失礼、お嬢さん方の面倒をしっかり見ていればいいだけの話ですよ」
「不穏な動きをした際、足手まといになった際は容赦なく捨て置きますが、よろしいですか」
「どうぞご自由に。ルチア、覚悟の上ですね?」
「うん。ぜぇったい邪魔しないもん」
「だ、そうです。いかがなさいますか?」
「……シエラ、本当にいいのか?」

 恐る恐るこちらを伺う、小さな子ども。
 ルチアのせいでどんな目に遭ったのかを忘れることはできないけれど、でも。

「ああ。来い、ルチア」

 不思議なことに、この子どもを憎むことはできなかった。



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