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 闇はどこまでも付き纏う。
 貴女という光があっても、なお色濃く。


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「――ですので、ここ周辺の魔物は、もうほとんど祓魔が完了したということです。ですが発生数が確かではないので、取りこぼしもあるかとは思います。出現していた魔物は、すべてが水生のものですね。……中には、人魚が転化したものもいたそうです。元来ホーリーには魔物の発生数が少ないことを考えると、どこかから移ってきたか――」
「移されたか、だね。とはいえホーリーは水と生きる国だから、リロウの森周辺から渡ってきても不思議じゃないし、この地での発生が皆無ってわけじゃない。邪推はまだできないよ」
「……そうですね。そういうことにしておきます。とりあえず、わたしが受けた報告は以上です。正式なものは後日、書面にてマルセル王宛にお送りしますから、口頭ではこのくらいでしょうか」

 一晩明けた翌日、シエラ達はロルケイト城の一室で円卓を囲んでいた。
 部屋の隅には水が引かれ、小さな川が部屋を縁取るようにちろちろと流れている。天窓から差し込む光に照らされた室内は美しかったが、シエラの心は重く淀んでいた。
 それでも話は進む。共にやってきた祓魔師らの報告を終えると、ライナは一礼してそそくさと部屋を出て行ってしまった。ほんの一瞬だけ目があったが、それもすぐに逸らされてしまった。
 リースはもう、フェリクスの部下によってアスラナ行きの船に乗せられていた。抵抗しようと思えば十二分にできたはずだった。
 子供の我侭にしかならなかったけれど、黙って意識のない彼を見送るよりはマシだったはずだ。それなのに、なにもできなかった自分がひどく嫌になる。
 フェリクスも最初はこの場に参加していたが、報告が始まるよりも先に「やっぱいいわ」と言って出て行ってしまっていた。いわく、「俺ァ朝議とか会議とかの席は大の苦手なんすわ」。
 エルクディアが鋭く睨むもさらりとかわし、筋骨逞しい熊男はロルケイト城の兵舎へと向かったのだった。平和に慣れたディルートの兵士達は、突然の乱入に驚いていることだろう。遠くから聞こえてくる阿鼻叫喚は、きっと気のせいではない。

「えっと。クレメンティアも言ってたけど、まだこのあたり一帯の魔物すべてがいなくなったわけじゃないだろうし、その……アビシュメリナでのこともあるし、一応もうしばらく滞在して調査してくれる? 言いにくいんだけど、そのー……地道に外回りの調査になるけど……いいかな?」

 ディルートには調査に割けるだけの聖職者はいない。普通の兵士に任せることも可能だが、万が一魔物と遭遇した場合のことを考えるとそれは賢い選択とはいえないだろう。
 シエラには到底理解できない説明をシルディがとつとつと続けている間、エルクディアは人形のような顔で腕を組んでいた。

「ええ、承知しました。……シエラも、それでいいよな?」
「あ、ああ。そうするしかないのだろう、どうせ」

 言ってから、拗ねた物言いになっていることに気がついた。
 シルディは申し訳なさそうに苦笑して謝り、「じゃあ場所とか日程とかについてはあとで連絡するね。クレメンティアには僕から言っておくから」と、てきぱきと書類を纏めて近くの文官を呼び寄せている。
 けれどその文官は横柄な態度で彼を見下ろし、小声でなにか言っているようだった。
 退室を許可されたことに気がついたのは、無理に表情をほぐしたようなエルクディアに、そっと肩を叩かれたときだった。


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 花と、水の匂いがする。
 シエラを部屋に戻してから、エルクディアは一人城内をうろついていた。
 アスラナ王国の王都騎士団を統べる青年という肩書きは、ディルートにおいてもそこそこの影響力を持っているらしい。擦れ違う兵士や侍女達の視線が、興味ありげに自分に向けられているのが分かる。
 誇りに思うと同時に、少し気恥ずかしい竜騎士の二つ名は海を越えて知れ渡っている。それはかつて戦線を渡り歩いた日々からも分かっていた。――当時はこれっぽっちも考えなかったことにだって、今は気づいている。
 思い上がるな。フェリクスの言葉がよみがえる。石造りの庭園が見える外回廊を渡っていたところで、向こうから歩いてくるのがその台詞を放った張本人だと気がついた。屈強な体から汗を滴らせ、大剣を担いでがに股でやってきた男は、エルクディアを見るなり大きく手を振った。

「おーう、ボウズ! 会議は終わったかァ?」

 フェリクスの背後にいた兵士に見覚えはない。彼らはここの兵士なのだろう。フェリクスは彼らに手を振って別れると、汗臭い体をぐっとエルクディアに近づけて肩を組んできた。
 ずっしりとした重みが圧し掛かる。男くさいにおいは慣れたものだったが、好んで嗅ぎたいと思うものでもない。

「離せ。……なにをしてたんだ、今まで」
「ここの兵士らとちょっくら手合わせをな。ここの奴ら、すげェんだぜ? 細っこいのも多いからどんだけへちょいのかと思ってたら、肩の筋肉がすげェのなんのって。体力はありやがるし、バネもつえェから斬り込みも速ェ。まあ攻めの判断はちっと甘ェけどな。守りに入りゃなっかなか崩せねーわ、アレ。俺の隊に欲しいね、何人か」
「……随分と楽しそうだな、フェリクス」



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