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 ぽかんと口を開けたまま上下に揺さぶられるエルクディアと目があって、シエラはついに耐え切れなくなって噴き出した。その瞬間、エルクディアの顔がかっと朱に染まる。

「ぷっ、あっはははははは!」
「なっ……! なに考えてんだフェリクス!! 下ろせ離せいいからもう触るなこの山賊! 騎士長めいれ――ッ、ぎゃあああああああ!」
「はっは、かーあいーなあ、ボウズ! そーれ、じょーりじょーり」

 普段の落ち着きは遥か彼方に捨て置いてきたのか、全力で抵抗し、ぎゃんぎゃん叫ぶエルクディアにフェリクスが嬉々として頬ずりをする。
 体裁をつくろう暇もなく悲鳴を上げたエルクディアを微塵も気にせず、フェリクスはとても楽しそうに無精ひげを擦り付け、がっちりと彼を押さえ込んでいた。
 「うわあ……」かろうじて顔は笑っていたが、シルディは無意識に足を一歩引いていた。
 若干涙目で暴れ続けるエルクディアを見れば見るほど、おかしくてたまらない。息が苦しくなるほど笑い続けて、ついには涙さえ浮かんでくる。
 エルクディアとて華奢な体格でもなければ力が弱いわけでもないのに、フェリクスを相手にすれば子供同然だ。

「……なんだ。あんな顔も、できるんだね」 

 関わりたくなさそうにしながらも、シルディはどこかほっとしたように言う。

「エルクくんも、あんな風に子供みたいな顔できるんだなって。普段はほら、立場的にも落ち着いた感じがあるでしょ? でも、フェリクスさんの前ではただのやんちゃな男の子って感じだから、なんだか安心しちゃった」

 それから、シエラちゃんもね。
 そう付け足された台詞に首をかしげた頃、エルクディアはようやっと腕一本だけ拘束から抜け出し、喜色満面のその顔に向かって容赦なく拳を振り下ろした。


+ + +



「――で、結局なんの用なんだ。他の外交官じゃなくお前が来たってことは、なにか理由があるんだろ」

 無精ひげに削られた頬が赤く染まるエルクディアに対して、フェリクスは赤紫に片頬を染めていた。エルクディアの渾身の一撃を喰らったにもかかわらず、熊男はがはがはと豪快に笑って受け流し、「しゃーねーなあ」と子供の我侭を聞き入れるように彼を下ろしたのだった。
 シルディに促されてそれぞれ席についた彼らは、王子の前だというのにだらしなく巨躯を弛緩させて寛ぐ熊男の笑顔に注目する。
 こうして見ると、ますます「彼」とは似ていない。シエラはオリヴィエの顔を思い出し、軍服の袖から書類を取り出して眺めるフェリクスのものと見比べた。
 骨格そのものが随分と違うからか、顔立ちはこれっぽっちも似ていない。謹厳実直を絵に描いたようなオリヴィエとは正反対の性格をしていそうなフェリクスは、それでも彼の兄だと言った。
 確かに顔や性格は似ていそうにないが、髪と瞳の色はよく似ていた。
 フェリクスから受け取った書類に目を通していくうちに、エルクディアの顔色が変わる。「そーいや、神官の嬢ちゃんがいねーな」と辺りを見回すフェリクスの鼻先に、エルクディアが書類を突きつけた。

「うわぷっ! なんだなんだ、びっくりすんだろーが。あーあー、ホラ見ろ、二人ともびびってんだろー?」
「フェリクス、これはどういうことだ? こんな話、俺は聞いてない!」
「聞いてないっつわれてもなァ……」

 書類を毟り取るように奪い返し、フェリクスは頭を掻いてくつりと笑った。

「だから今、見せただろーが」

 野生の獣が牙を剥いたような、そんな顔だった。急激に周囲の温度が下がり、ぞっと背筋を冷たくさせる。
 なにか文句でもあるのかと言いたげなフェリクスの物言いに、王都騎士団の長を敬うような態度は僅かなりとも伺えない。対等か――あるいは、格下の相手に対しているようなそれに、シエラとシルディが同時に顔を見合わせた。
 こうして見てみると、フェリクスの方がエルクディアよりも格段に騎士長に相応しく思える。怒りに満ちた双眸を向けられてもなお、彼は挑発的な笑みを引っ込めようとはせず、身を乗り出して煽るような台詞を投げかけるばかりだった。
 ――なあエルク、俺と違って頭のイイお前のこった、どーいう意味がくれェ分かんだろ?
 エルクディアはなにも答えない。シルディがいるこの場を慮ってか、溜まっていく澱を吐き出さぬよう必死に歯を喰いしばり耐えているようだった。



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