15 [ 165/682 ]

 隣のエルクディアも驚いた様子で、じっと黒猫を凝視している。どうやら幻覚ではないらしい。
 記憶の糸を手繰っていたライナが、なにか思い出したようにぽんっと手を合わせた。紅茶色の丸い瞳をどこか楽しげに輝かせ、得意げに微笑む。

「“サー・キャット”――騎士たる猫、ですね。確か、幻獣に付き従う幻獣だと、なにかの文献で読んだ気がします」
「騎士たる猫? コイツがか?」
「ちょッと! コイツがッてなにヨ! 大体ね、アタシは――」

 ぶわりと毛を逆立て、黒猫はシエラに牙を向いた。だが今にも飛び掛らんとするその勢いは、弾かれたように急に収まり、黒猫の首が天井を仰ぐ。
 つられて顔を上げたシエラは、金の双眸を限界まで見開くはめになった。
 薄闇の中、ふわふわと宙に浮かぶ人影は小柄なものだ。藍色の外套を頭からすっぽりと被ったその人物の顔は分からない。
 上半身はこれでもか、というほど布で覆われているくせに、外套から顔を出す足は太ももの中ほどから惜しげもなくさらされている。
 すらりと伸びた足は細く綺麗で、どうやら女性のものらしい。
 表情は分からないが、気配でその女性が笑ったのが分かった。反射的にエルクディアがシエラの前に身を滑らせ、背にかばうように立つ。
 彼が「誰だ」と問うよりも先に、黒猫がため息にも似た声音で宙に浮かぶ女性の名を紡ぐ。

「……レイニー。出てくるノ、遅いワヨ」
「そう? それは悪かったわね。――お城よりお越しの皆様、どうもこんにちは。魔女の館へようこそ。今日は一体どういったご用件で? よく効く風邪薬傷薬なら銀貨六枚、骨折を治す薬なら銀貨十枚、肺病は金貨二十枚、心臓病は症状により時価となります」

 彼女は空中に腰掛けたまま足を組みかえると、矢継ぎ早に言った。

「その他各薬、このレイニーにお任せあれ。どんな薬でも作ってみせますが、不死の薬と惚れ薬だけはお断りさせていただきます。さて、いかが?」
「……いや、俺達薬が欲しいんじゃなくて」
「あら。なら魔法具の貸し出し? 高くつくけど、それでも――」
「レイニー、いい加減にしなサイ。このコ達、困ってるデショ」
「たっく、スカーったら冗談が通じないんだから。はいはい、分かったわよ。……久しぶりね、ルッツのボウヤ。随分と大きくなったじゃない」

 くすくすと魔女が笑う。ゆっくりと降下してくる彼女の体に付き添うように跳躍し、黒猫が足元に舞い降りた。外套に覆われた口元が、きゅうと弧を描く。
 立ち尽くすシエラ達を半ば放置で話を進める彼女がぱちんと指を鳴らした瞬間、室内に一斉に明かりが灯り、そして彼女の伸ばされた左手にはテュールがちょこんと腰掛けていた。


back

[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -