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* * *
ぐるりと辺りを見回して、一つ溜息が零れる。
「こりゃあ……、驚いた」
「これで温暖化だとか砂漠化だとか騒いでんだから、驚きだよね。大事だと分かりつつも、邪魔だと認識しちゃうのも分からないでもないけどさ」
「まあ、それも今のうちだろ。そのうち血眼になって緑を探すようになるぞ」
「――うちみたいに?」
艦(かん)にもたれて意地悪く笑う男に黙って拳を振り上げたが、重い一撃はなんなく受け流された。
路肩に根を下ろす雑草が、男の視線に耐えかねたように揺れる。
「そうなっても知ったこっちゃないけど、一応仕事はしないとね」
* * * ホワイトストロベリーは、順調に実をつけていった。
旅行から帰ってきた次の朝、奏が嬉しそうに見せてきたピンクの鉢には、いくつか大ぶりの白い実がなっていた。四つも年の離れた姉だが、無邪気で子供っぽいところはいくつになっても変わらない。
三日間お世話できなくてごめんねと語りかけながらも、穂香はあまりにも白すぎるそれに違和感を拭えなくなっていた。
――こんなにも白いものだっけ?
実はともかく、葉っぱまで白くなるなんて聞いたことがない。
実が増えるたびに、白く変色する葉が増えていく。なにかの病気かと思いパソコンで調べてみたが、ヒットしたのは到底関係なさそうな病気だった。しかし比較的最近の個人ブログに、穂香のホワイトストロベリーと似たような状況が起きたと書いてある記事がいくつかあった。
うちだけじゃないんだとどこか安心しながら、クリックもせずにタイトルだけを流し見る。
結局なんの収穫もなかったが、逆を言えば、大した病気ではないということだ。
新聞を読む代わりに、インターネットでトップページのニュースをいくつかさらう。物騒な事件が最近続いているらしい。『薬物中毒者が信号待ちの老人を刺殺』『未成年者、宝石店に押し入る』――その中で唯一、ほっと一息つける記事があった。
『新たな鉱物か!? 富士の樹海で純白の結晶発見』
写真に写っている結晶は、抜けるような白さで美しい。不思議なことに蜂の形によく似ているので、蜂型結晶とひとまず呼ばれるようだ。
真新しいニュースはそれくらいで、夕方のニュースでも重く悲惨なものが数多かった。
「――ほの、お風呂入りやー」
湯上がり姿の奏に呼ばれて、風呂場へ向かう。
青い花柄のバスタオルは奏のだ。対して、穂香のバスタオルはピンクの音符柄だった。
向かい合っていた参考書を閉じてゆったりと風呂を楽しんでいるつもりなのだが、脳内には年号や公式が乱舞する。真面目な受験生の悲しい性だ。
湯船に顔を半分まで沈めて泡を吐いたところで、凍り付くような地響きが穂香の体を突き上げた。
* * * ――地震!?
その瞬間に奏の頭をよぎったのは、浴室にいる穂香のことだった。
素っ裸で地震だなんて、怖くて不安に違いない。ドライヤーを放り投げ、慌てて一階の浴室まで走った。
「ほの、大丈夫!?」
「っ! おねえ、ちゃん……」
案の定、泣きそうな顔をした穂香が、湯船の中で頭を抱えてうずくまっている。お湯に浸かっているにもかかわらずガタガタと震える体は、痛々しいという以外の表現が浮かんでこない。
半ば無理矢理引き上げて、抱き締めるようにバスタオルで包み込んでやる。
――大丈夫、大丈夫やで。お姉ちゃんがついてるから。
ようやっと震えが止まった頃には、穂香の肩はすっかり冷えきってしまっていた。
「あちゃー、湯冷めした? 風邪とか大丈夫?」
「だい、じょうぶ。夏だし、そんなに湯冷めとか気にしないで大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」
「いいから、とりあえずはよなんか着(き)。にしてもさっきの揺れ、すごかったなあ」
阪神淡路大震災を幼い頃に経験しているが、あのときと同じくらいの衝撃だった気がする。もっとも、あの頃は奏とてまだ小学校低学年であったし、あまりはっきりとは覚えていないけれど。それに、先ほどの揺れは、あのときの揺れのように長いものではなかった。
最初のズドンときた突き上げ。それから地鳴り。
地震にしては短すぎるようにも感じたが、短くてなによりだ。あんな大地震はもう二度と経験したくない。
「お父さん達、大丈夫かな……?」
「あ、そや! てかあの人ら、なんで来んのやろ?」
いつもなら心配ですっ飛んできそうな二人が無反応だということは、あの一瞬の間になにかあったのだろうか。
穂香には髪を乾かせと言い置いて、奏は再び家の中を走り出した。