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「だから、ごめん。ちょっと無責任だったかもね」

 謝って責任逃れをしたいわけでも、許されたいわけでもない。それでも言っておかなければ気が済まなかった。
 シャワーの音がやんだ。もう少しで茉莉花は上がってくる。それを告げると、ハルカは少し迷うそぶりを見せた。声だけなのでなんとも言えないが、少なくともアタシにはそう聞こえた。ごぉ、と聞こえてくるのは、空調の音だろうか。

『リィ、あのさ……。もし俺と一緒になったとして、マリカちゃん、しあわせかな』

「――鼻の骨へし折るわよドヘタレ公爵。今頃ンなことほざいてんじゃないわよ。もしあの子がアンタを選んだなら、アンタが幸せにすんのよ。腕がもげても鼻が折れても足が砕けても、アンタが生きてる限りは死ぬ気であの子のために尽くせボケ! あーもうっ、謝って損した! じゃあ切るわよ、もう一生帰ってくんな!」

 乱暴に通話を切って、ついでに電源も落としてソファの端に携帯を投げつける。直線を描いて背もたれとクッションの隙間に滑り込んだそれは、しばらくは救助してやらないことに決めた。
 浴室の扉が開く音が聞こえた。髪をろくに拭きもしないで上がったせいで、廊下には水滴の道ができていた。ソファに無理やり座らせて、わっしゃわっしゃと乱暴に頭を拭いてやる。アタシのお気に入りの洗い流さないトリートメントを塗り込んでやって、丁寧に櫛を通して、ブローで毛先はふんわりとカールさせた。悪くない。
 ――それでも、茉莉花の顔は一向に晴れる様子はなかった。
 なにも言わない。だからなにも聞かない。今はまだ、なにも返せる気がしなかった。

「茉莉花、今日はお姉ちゃんの部屋で寝なさい」

「…………なんで」

「いいじゃない、たまには姉妹水入らずで過ごしても。一緒に寝るのよ。修学旅行みたいじゃない?」

「……なにそれ」

 蚊の鳴くような声を必死に聞き漏らさないようにして、笑ってみせる。誰かを部屋に連れ込んでベッドに引きずり込むだなんて、随分と久しぶりにした気がした。――言っておくけど、そんなことをしでかしたのはほんの数回しかない。
 一緒に横になって、これっぽっちも抵抗しない茉莉花の身体をぎゅうと抱き締めた。アンタほんとにお風呂入った? そう聞きたくなるくらいに、その身体が小刻みに震えている。
 これがただの失恋だったら、もう少し話は簡単だったのだろう。二、三日どん底まで落ちて、涙が枯れ果てるまで泣いて、思いっきり愚痴って、そうすればあとは時間が解決してくれる。つらいことには変わりがないけれど、それでも、完全に失ってしまえば次の道は選びやすい。
 けれど今回は、そうもいかない。
 誰が悪いというわけでもない気がする。これはアタシ達それぞれの、弱さやずるさが招いた結果なのだろう。唯一悪くないとすれば、小鳥遊くんだろうか。彼はきっと、一番の被害者だ。なにも悪いことはしていないのに、アタシはそんな彼を、いなければよかったのにと思ってしまっている。
 抱き締めて頭を撫で続けていると、茉莉花は静かに泣きだした。零れる嗚咽を必死に押し殺そうとしている。馬鹿ね、隠さなくたっていいのよ。口にはせず、腕の強さで伝える。肩の震えが大きくなり、茉莉花は子供のようにわんわんと声を上げて泣きじゃくった。


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