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 だから、けしかけた。泣かせることくらい、目に見えていた。それでも行くと断言したハルカを、アタシは思い切りひっぱたいた。考えてみれば、お門違いな行動だったのだろう。アタシが、彼らを引き合わせる元凶だったのだから。
 電話口の向こうで、ハルカは口ごもっているようだった。それにしても静かだ。どこにいるのかと聞いたら、近くのビジネスホテルに入ったと答えた。異世界の公爵さまは、ここまでこの世界に適応したらしい。自分でそう考えておきながら、そう言えばハルカはこの世界の住人じゃなかったんだ――と、現実離れした事実を思い出した。馬鹿げてる。とんでもない話だ。
 無言が続き、ようやくハルカが口を開いた。『あのね、リィ』弱々しいくせに、どこか憑きものが落ちたような声音だ。

『タカナシくんも、帰ったよ』

「そういうこと聞いてんじゃないわよ。彼がいる前で言ったのかって聞いてんの。……ああ、そう。その沈黙はイエスってことね。で? 殴られた?」

『…………観覧車降りた瞬間、マリカちゃんが飛び出して、その場で、こう……一発ドカッと』

「まあ当然ね。……でも、そう。ドカッとやられたの、アンタ」

 ソファに深く腰掛けて、天井を見上げた。目の前のローテーブルには、新聞やらなにやらが好き勝手に散乱している。
 観覧車から飛び出した女の子と、途端に殴り合う――片方は受け身だったとしても――二人の男。それが周りにどんな風に映ったか、想像しただけでいたたまれなくなる。きっとあの子は無我夢中で帰って来たんだろう。アタシがそうだったみたいに、気がついたら戻ってきていたのかもしれない。

「……これからどうすんの?」

『え、と。当分はネカフェとか、ホテルとか転々としようかな、と。……マリカちゃんも、今すぐには答え出せないだろうし。俺がいたら、困るだろうし』

「……そ。あっちに帰る気はないの?」

 たっぷりと間を開けてから、ハルカは言った。『ないよ』どうしてこう、コイツはきっぱりと言い切るのだろう。帰れよ。一度帰って、あの子を休ませてあげてよ。
 仕掛けたのは自分のくせに、ハルカに責任をなすりつけるかのようにそう思った。世間はきっと、ハルカを悪者だと言うだろう。ひどい男には違いない。アタシなら死んでもごめんだ。こんな面倒な男、絶対に付き合いたくない。
 ヘタレのくせにずる賢くて、妙なところで天然で、ワガママで、優男に見えて欲しいもののためには手段を選ばないえげつなさを持っているくせに、――腹が立つくらい、まっすぐだ。
 シャワーの音はまだやまない。熱いお湯を浴びながら、あの子はきっと泣いている。涙かお湯か、自分でも分からなくなりながら、声を押し殺して、たった一人で。

「……ねえ、ハルカ。アタシね、アンタに一つだけ、謝らなきゃいけないことがあんの」

『俺に? リィが?』

「ええ。……アタシ、アンタの恋を応援してる気持ちは確かだった。本気だった。ていうか、今でもそう。でなきゃ、あんなことしないわ。……でも、その……でもね、大抵の女の子って、恋バナが好きなのよ。誰かが恋して、それを応援してっていう、キューピッド役になるのってすっごく……その、楽しいの。…………だから、アタシ、少し調子に乗りすぎちゃったのかもしれないわ。アンタのためとか、茉莉花のためとか言いながら、結局はアタシが楽しいから煽ってたのかもしれない」

 楽しかった。二人が少しずつ、近づいていく様子を見ているのは。



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