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ごめん。謝ったって仕方がない。強気なことを言ったって、偉そうに年上ぶって語ったって、直接傷つくのはアタシじゃない。茉莉花だ。ワガママ言ってもいいのよ、なんて言ったところで、この子がそうはできないことくらい、ずっと一緒にいたから分かっていたはずなのに。
けして謝罪は口にしなかった。「お姉ちゃんは悪くないよ」だなんて、絶対に言わせたくなかった。だから代わりに、帰宅ラッシュでごった返す駅の改札の真ん前で、人の迷惑も考えずに妹を強く抱き締めた。
なにも言えなかった。どんな言葉をかけていいのか、分からなかった。そんな自分が、ひどく不甲斐なかった。
「…………まりか」
好奇の視線が突き刺さる。これ見よがしな舌打ちと罵倒が、耳に届く。
おかえり。もう一度そう言って、潰す勢いで力を込めた。ようやく茉莉花が身じろぐ。肩が震えて、呼吸が乱れた。
そりゃそうよ。思いっきり抱き締めてるんだから。むしろ、締め付けてるんだから。苦しいでしょう、痛いでしょう。――だから、泣いたっておかしくないのよ。
腕の中から嗚咽が零れる。迷惑そうな視線も、ためらいがちにこちらを見てくる駅員の視線も全部跳ね除けて、ただただ茉莉花の頭を撫で続けた。
もうちょっとしたら、家に帰ろう。自転車ニケツして、アンタはただ落っこちないようにお姉ちゃんにしがみついてるだけでいいから。そしたら、見えないから。なぁんにも見えないから。かっ飛ばすから風はびゅうびゅう吹いて、なぁんも聞こえなくなるから。
でもお願いだから、落っこちないでしがみついててね。
「ほら、ココア。それ飲んだらお風呂入っちゃいなさい。もう沸かしたから」
「……うん」
ぼうっとしたままソファに座る茉莉花は、なにも語ろうとはしなかった。人形のように腰かけて、頭一つ動かそうとしない。差し出したカップを危うい手つきで受け取ったかと思うと、中に口をつけるでもなく、手のひらを温めるように持ったまま二分が経った。
つけっぱなしのテレビを消す。途端に部屋は無音になった。なにかしていないと落ち着かないのに、なにもすることが思いつかない。やるせなくなって、茉莉花を半ば引きずるようにして風呂場に押し込んだ。
しばらくして聞こえてきた水音に、ほっと息をつく。
携帯を確認すると、友達やメルマガに交じって、ハルカからのメールが届いていた。「ジャスミンちゃん帰った?」さっき見たメールに、「?」が一つついただけのシンプルなメールだ。
でもさすがだ。余計なことをぐだぐだ書かれていたら、アタシはこの携帯を投げつけていたかもしれない。今の気持ちからして、メールは無理だ。迷わず電話をかける。たっぷりと呼び出し音が鳴ったあと、ためらいがちに相手は出た。
「もしもし」
『……もしもし』
「……茉莉花、帰ってきたわ。今お風呂」
『……そっか。なら、よかった』
ほっとしているのに、その声は堅い。会話の前の妙な間も、アタシ達の間では珍しいことだった。
「…………アンタ、言ったの?」
なにを、だなんて、言わなくても通じる。ハルカは少し息を呑み、吐息のような声で言った。
『――うん』
「そう。……小鳥遊くんは?」
今日、茉莉花が彼氏である小鳥遊くんと遊園地デートをするという情報を流したのは、他でもないアタシだった。アイツは茉莉花の心が欲しいと言った。たとえ傷つけたとしても、それでも好きだと言いきった。――アタシは、ハルカの気持ちも茉莉花の気持ちも知っている。お互いが思い合っているくせに、どっちも鈍感な上にヘタレときたものだから、一向に進展を見せないままに事態がややこしくなったのだ。