▼We do not make a star

リヴァイはじっと立っていた。
手の中に今は亡きエルヴィンのループタイを持って、小さな瞳で傷だらけの緑の玉を眺めている。
自分の捧げた心臓の行き場を亡くして、遺されたそれに酷く執着しているように見えた。

ある時の酒の席で、リヴァイはこう言った。

「公に心臓を捧げるなんて普通じゃない」

「でも、まあ、俺も普通の人間ではないかもな」

と。
リヴァイは少しだけ酔っていた。
部屋の隅や棚に埃の溜まっていそうな、小汚い酒屋のカウンターでスツールに並んで腰をかけていた。
カウンターの中の壁際に並べられた酒瓶に映るリヴァイの表情はどこか人を馬鹿にするような、嘲笑を浮かべ、ウォトカの入ったグラスを少し傾けた。
リヴァイは蟒蛇だ。
ちびちびとお酒を口に含み堪能しながら長時間飲み続けるのだが、ウォトカを飲む時もそれは同じだった。

小一時間眺めてから、手にしたループタイを乱暴にポケットに突っ込んだ。
遺品整理の途中だということを、思い出したらしかった。

調査兵団の性は入り乱れていた。
誰が誰と兄弟なのかわからない、と笑い飛ばす者も多かった。
ちゃんとした関係を持ったカップルはさっさと女が男に指輪を贈ってもらい、それをチェーンに通して首からかけるのは通例だった。
そうして唾をつけておかないと、他の男の的になるからだ。
私はそんな性事情を少し遠くから眺めているだけだった。
誰にも的にはされないし、誘ったこともなかった。リヴァイを除いて。
ウォトカは合図だった。
リヴァイが酔いたい合図。

リヴァイはエルヴィンに傾倒していた。
分隊長以上の会議でも部屋の隅の椅子に座って、テーブルを囲むことは無かった。
最終意見はエルヴィン任せだった。

「できるな?リヴァイ」

それがエルヴィンの合図だった。
エルヴィンのその言葉でしか、リヴァイは動かない。

エルヴィンの部屋は、持ち主が亡くなったことを知っているかのようにしんとして重い。閉められたままのカーテンや、山積みにされた決裁待ちの公文書、重苦しい空気のすべてが、あの日のまま留まっていた。

喉の奥にティッシュでも詰まったかのように声が出なかった。
リヴァイは何事も無かったかのように、まるで他の殉職した兵士と同じように、部屋の片付けを始めた。

「この起案文書、全部お前が代替決裁だろ。お前の部屋に運ぼう」

リヴァイはそう言って、山積みの公文書を持ち上げた。

エルヴィンの私物は少なかった。

吸い込まれそうな闇が私を見つめている。
何処に行っても、何処まで行っても。
夜空が好きだった。
特に星の出ていない真っ暗な暗闇が。
リヴァイと歩く時、彼が振り返ったことは一度もなかった。
目を合わせることはない。

情欲にも似たそれを吐き出す瞬間に、一瞬の幸福を覚えた。
行為の最中、リヴァイはなにも言葉にしない。
形式的に私に触れる手は、たしかに熱を帯びていた。

裏切ったのは私だった。

「リヴァイ、もう貴方とベッドに入ることは出来ない」

小汚い酒場の、スツールに座って、燻られたアーモンドを食べながら、リヴァイはウォトカを飲んでいた。

「指輪をもらったんだ」

リヴァイはウォトカを1口含んでから、おめでとう、と言った。

エルヴィンがわたしに指輪を渡した時、わたしは驚いて声も出なかった。
どういう意味かわからなかった。
わたしとエルヴィンは友愛こそあれど、そういう感情を持ったことは無かった。

エルヴィンは、一言、リヴァイとはもう寝るな。と言った。
そして乱暴にわたしを抱いた。
乱暴なのは行為に至るまでで、わたしが何も言わないと分かってからは、酷くなれた手つきだった。
蕩けるような暑い夜だった。

抵抗はしなかった。
リヴァイのことが脳裏に過ぎった。
でも、すこしエルヴィンに興味を持った。
リヴァイは、どんな顔をして、どんな言葉を投げかけるだろうか。
怒るだろうか、笑うだろうか、悲しむだろうか、どれでもいい。
わたしの行動で彼の心が動いてくれるなら。

公文書を私の部屋に運んで、遺品整理は終わった。
リヴァイはエルヴィンの僅かな荷物、私服に貴重品を、家族の元に届けに行くと、ひとつの箱に綺麗に仕舞った。

リヴァイは毎日、エルヴィンの墓に通っていた。
エルヴィンの墓の下には、まだ土しかない。
死体の回収は済んでいなかった。
エルヴィンは、ウォールマリアに独りぼっちでいる。
それでいいと思った。
エルヴィンに帰ってきて欲しくなかった。
エルヴィンをみたら、すべてを後悔する気がした。
甘苦い記憶に蓋をしたかった。
結論から言うと、わたしはエルヴィンからの指輪を受け取ったことを酷く後悔したのだ。
それからリヴァイは仕事以外でわたしと話すことはなかった。
ウォトカを飲む、彼の緩んだ横顔はもう眺めることはできないのだと、気づいて、酷く落胆した。
彼の横顔が好きだった。
美しい横顔だと思う。
額から首までの輪郭は彫刻のように造形的だ。
切れ長の目に、つぶらな灰色の瞳の奥底に眠る熱い視線はセクシーだった。
いつも寄せられている眉間の皺が、ウォトカを飲むと緩む。
残された皺の跡が愛おしかった。
エルヴィンとセックスをしてから、わたしはリヴァイのことが好きだと気づいたのだった。
貰った指輪は外せなかった。
こんなに軽薄で浅ましい女が他にいただろうか。

私の部屋からエルヴィンの墓が見えた。
エルヴィンの墓は調査兵団本部の裏手にある、静かな森の入口に造られた。
窓から、エルヴィンの墓の前で立ち尽くすリヴァイを見下ろした。
どんな表情か、わからないけど、なんとなくわかった。
きっと親に置いていかれた子どものように、不安げに眉を下げているんだと思う。

エルヴィンとセックスをしたのは3回だけだった。
ひたすらにエクスタシーに耽った。
エルヴィンは行為中何度もなにかを囁いたけれど、何も聞こえなかった。
リヴァイは、1度だってこれほど情熱的に、わたしを抱いたことがあっただろうか。
行為の最中に微かに思い出すのは、リヴァイの美しい横顔だけだった。

リヴァイはいつも30分ほど墓の前に立っていた。
何かを話しているかもしれない。
私にはわからなかった。
リヴァイとエルヴィンの間には得体の知れない何かが存在した。
それが信頼なのか、崇拝なのか、隷属なのか。
二人でいる時の二人は、兄弟のようだった。
他人を寄せ付けない、独特の雰囲気。交わされる言葉は欠けていて、二人にしか理解出来なかったし、そんな二人に割って入る者などいなかった。

おめでとう、と言った時、リヴァイの顔が見れなかった。
リヴァイはその時たしかに、身体をわたしに向けて、一音ずつたしかめるように、私の目を見て言ったのに、わたしは彼の目を見ることが出来なかった。
どんな表情をしていたのだろうか。

エルヴィンが亡くなった今でも、リヴァイと元の関係に戻ることは無かった。

リヴァイがわたしの意見に難色を示すのが腹立たしかった。
リヴァイの心臓はリヴァイの元に戻っていて、行き場を亡くしていた。
わたしに捧げる気は更々ないと、言わんばかりで、細い目をさらに細くして私をじっと見つめるのだった。見透かすように。見極めるように。まるでエルヴィンのような瞳で。
吐き気がした。

紺の濃淡が濃くなり、夜が深まった。
墓の前にいるリヴァイを、目で確認するのが難しくなる。

ねえ、リヴァイ、わたしのことどう思ってる?こんなこと考えるわたしに、彼は幻滅したのかもしれない。無理よ。

「愛するより、ちょっと多めに愛されたい。安心したいの。」

いつか行為の後にリヴァイの背中に向かって言ったことがあった。
リヴァイはわたしを一瞥して、そうか、と言った。
わたしの合図には、彼は気付かない。
リヴァイを好きだと自覚する前から、彼に指輪を贈ってもらいたいと思っていた。
それは安心感からくるものだと、この関係がいつまでも続くのだという証明のようなものがほしかったから。
リヴァイはくれなかった。
わたしが言ったその次の日だった。
エルヴィンがわたしに指輪を渡したのは。




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