▼ナイトブルー


女らしいことを今まで1度もしたことがなかった。
生まれてから今まで走り回ってたから。
生まれて、兵士になるまで、近所や野原を走り回ってたし、兵士になったらなったで、訓練やら何やらで走り回った。
勿論、そんな中でも可愛い女の子はいっぱいいる。
休みになったら、普段はしないお化粧をして、おめかしして街に出かける兵士もいっぱいいるのだ。
私は今までそんなことしたことなかった。
お化粧もしたことない、おめかしもない、料理だってこれっぽっちも作れないし、裁縫も、編み物も、てんでダメ。
別にやりたいと思ったこともなかったし、必要だと思ったこともなかった。
私が出来るのはせいぜい、訓練と、巨人をかっさばくことと、生体研究と、それくらいなのだ。
こんなんだから、恋人も出来たことないし、キスもセックスも経験しないまま気付けば30手前まで歳を取ってしまっていた。

「…」
「リヴァイ、寒いの?」
「寒くない」
「鼻たれてる」
「……」

だから、仲のいい友人のリヴァイが、冬、暖炉のない部屋からたまたま暖炉のある部屋を与えられた私の部屋に避難してくることは割としょっちゅうあることだった。
例によって部屋に来た彼は、先程までの寒さと、今の暖かさで身体が急激に温まり、鼻水が出てきてる。
人類最強と呼ばれる友人のこんな姿、見てるだけでちょっと面白い。

「ミカサみたいに、マフラーを巻くといいよ」
「持ってない」
「ま、そりゃそーか。私も持ってないや」

私は彼に毛布をかけてやって、2人で温かい紅茶を飲んで過ごした。
(鼻水は直ぐに拭いてやった。)




「え、ちょっと待って?もう1回言って?」
「だから、編み物を教えて欲しい」
「ええーーっ!!あのハンジが?!」
「だから、言いたくなかったんだ…」

あまりに寒そうなリヴァイを見てられなくて、マフラーを作ってやろうと思った。何となく。気が向いたから。
で、取り敢えず本を読んで、必要なものを揃えて、本通りに進めていたのだが、全く上手くいかない。
何度も編んで、解いて、編んで、解いてを繰り返して、自力では無理だと悟った。
そしてかつてのルームメイト兼友人のナナバにお願いをしてみることにした。
彼女は短髪で私と同じひょろひょろ体型だ。
脂肪がない。そりゃあもう必要分も足りてないんじゃってくらいないから、女らしい身体とはとても言えない身体なのだ。彼女は私より若干背が高いのに体重は軽いから、私より足りてない。
でも溢れ出る女らしさは一体どこから来るのやら。

「まあ、いいや。で、誰宛?」
「…自分用だよ」
「違うでしょ」
「放っといて」
「ふーん、まあいいよ。どうせ作り終わったら分かる話だし。」

その日から毎晩ナナバの部屋でマフラーを編んだ。
まあ手先が不器用なのがよく分かる。
全然進捗しない。
リヴァイはと言えば、私が部屋にいないからってエルヴィンの部屋に行って暖を取ってるみたいだった。
リヴァイは運が悪いから、暖炉のない部屋に当たっちゃったんだ。だって、個室を持ってて暖炉がないのはリヴァイともう1人いるかいないかだ。
で、まあ毎晩毎晩、仕事が長引いたり、飲み会やらがない日以外は編み物に没頭し続けた結果、出来上がったそれは、あまり良い出来とは言い難いが、一応形はマフラーになった。
しかし、できた時には雪が溶けもうすっかり寒さが和らいでいた。
私はナナバにお礼を言って、出来上がったマフラーを自室に持って帰ってクローゼットに仕舞った。
今更あげても仕方ないから、少し悲しい気もしたけど。
とまあ私が人生初めて行った女らしいことは、消化不良で終わった。
綺麗なナイトブルーのマフラーは、きっと彼に似合っただろうに。
まあ、仕方ないよね。と思って、私はこのナイトブルーのマフラーを忘れることにした。




「ハンジ」

あのマフラー事件(私の中では滑稽な出来事だった)から1週間経ち、未だ忘れられない歯痒い思いを抱いたまま私は過ごしていた。

コンコンコンとノックがして私が返事をする前にマフラーを贈る予定だったリヴァイは私の部屋に入ってきた。
いくら仲がいいとはいえ、流石に無遠慮だと思う。
人には言えないけど。(先に返事を聞かずに部屋に入るようになったのは私だ。)
私は窓際においてある木の机の前で、木の椅子に座って書面と睨めっこをしていた。
椅子に座ったまま、上半身を捻って、彼を見た。

「寒いんだが」
「は?」

夜は少し冷えるとはいえ、もう春だ。
布団に包まれば全く問題は無い暖かい気候だ。
暖炉は次の冬まで御役御免なはずだ。

「マフラーあるんだろう」

私が真っ先に思い浮かんだのは憎い友人ナナバだった。
あーあ何てことを。
せっかく忘れようとしていたのに。
というか、バレバレだったのか。
と色んな思いが一気に脳みそを駆け巡った。
リヴァイは早くしろと目で訴えてきてる。

「仕方ないなあ。リヴァイって寒がりだよね」
「ああ。」

立ち上がって、クローゼットの奥に仕舞った不格好なナイトブルーのマフラーを取り出して彼に巻いてやった。

「ほう…」
「言いたいことがあるなら言ってよ。なかなか不出来だろ?」
「いや、悪くない」

そう言って、リヴァイは私の作ったマフラーに触った。
首に巻かれてマフラーが彼に巻かれただけで少し上品なものに見えた。
ナイトブルーのマフラーは、私の思った以上に彼に似合っていた。まるでそこにあるのがさも当然かのように、以前から巻いていたように見えた。

「まあ、私が初めてした女らしいことだから、有難く受け取ってくれよ」
「ああ。そうする。何か礼をしないとな」
「いいよ。ただ、貴方に作ってあげたいって思っただけなんだ」

自分で言って少し恥ずかしい気持ちになった。
誰かに手間暇かけて何かしてあげたいって思うのは初めてのことだったのかもしれない。
だって既製品のマフラーを買って与えることもできたのに、どうして私は何の疑問も抱かずに手作りを選んだのだろう。
私の作ったマフラーを、彼に巻いて欲しかったのかな。
なんか、女々しいなあと、思った。

「ハンジ、俺はお前にマフラーを貰った。お前は、俺に何をして欲しいんだ?」

じっと、リヴァイに見詰められた。
彼に全てを見透かされてるみたいで、これ以上目を合わせられなかった。
私が思わず顔を逸らすと、彼は私の顎を掴んで、グイッと無理やり元に戻した。
首を痛めた。今ので完全に。
彼の吐息がかかりそうな距離。

「痛いよ」
「何もないのか」
「とっておきのときに、置いといてもいいかい?」
「今じゃなきゃ無効だ」

私は少し唸った。
何だか理不尽だなあと思いながら、必死に頭を回した。
リヴァイにしてほしいこと、ってなんだろう。
寒そうなリヴァイにマフラーを巻いてあげたかっただけで、その見返りなんて考えてもなかったから。

「早く決めろ」
「じゃあ、私より早く死なないでくれよ。私が死ぬときは、貴方に看取ってほしいな。で、足でも指でも、何なら爪でも良い。持って帰って埋めてくれないか。貴方の手で。」
「…何だそれ」
「最期の時はリヴァイの隣に居たいんだ」
「ああ、悪くねえな」
「だろ?」

臆病だと言われてもいい。
リヴァイは少しだけ不満そうだった。
友人の域を超えるのは怖いから。
リヴァイは何も言わなかった。
何も言えない。
リヴァイはナイトブルーのマフラーを外して綺麗に畳んで持ち帰った。
私は床に崩れ落ちた。
リヴァイの後ろ姿は綺麗だった。
手に一滴、涙が落ちた。

この感情に意味を与えるのは、とても怖い。






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