▼やさしい世界

※現パロ

男っていいなあって社会に出て思った。
だって毎日スーツでいいんじゃないか。
スーツのズボン履いて、シャツ着て。
女はその分大変だ。
女性もスーツ出勤の会社もあるが、今は私服が一般的。
しかしオフィスなので色や、派手さなどは考えなければならない。
周りに浮かないように、とけ込めるように、細心の注意を払わなければならない。
毎日白のトップスだとなあ、と思うとほかの色も必要だし、何せ面倒くさい。

しかし、今は変わった。
スーツって大変だ。
皺にならないようにしなくちゃいけないし、煙草とかの匂いが移っても洗濯機では洗えないし、ワイシャツは毎週糊付けして綺麗にアイロンをかけて、
男も大変なんだな、と気付いたのは結婚して、旦那にやってあげるよ、なんて馬鹿なこと言ってからだ。
よく考えれば、彼は結婚する前からそうだった。
いつもビシッと皺一つないシャツを着て、ビシッとキメていた。
よれたシャツを着る同僚男性もいる中で、彼は違ったのだ。
どうして気づかなかったのか。彼もそれなりに毎週大変な思いをしていたのか。
初夏の、まだ冷房を入れるほどではない時期。
天気予報で気象予報士が今日は夏日ですと、言った日曜日が恨めしい。
熱い。掃除機をあてるにしても、このアイロンをあてるにしても、何するにも動くとじわりと汗ばむ。
でも明日からまた月曜日、仕事があるのでワイシャツのアイロンだけは欠かせない。

「はあーあっつい」
「代わるぞ」
「いい。やる。」

旦那が気を使って言うけれど、ここで代わってもらうと負けな気がした。
旦那は社会人になってから独身の間、およそ4年ほど1人でやってきたのだ。
結婚して1年足らずの私が音をあげる理由にはいかないだろう。
ワイシャツにアイロンなんてかけたことがなかった。
入社して1ヶ月ほどで私服にシフトチェンジした私にはワイシャツにアイロンなんてかけられないのだ。
最初の1ヶ月は上手くいかなくて旦那に散々指導されたが、今は1人でスイスイできる。
旦那はソファに座ってテレビを見ていた。
私はソファの近くの床に座って、アイロン台の前にいる。

「飯、つくる」
「え、いいの?」
「ああ」
「今日、お昼そうめんにしようと思ったんだけど」
「…早くないか?」
「あついし、いいかなって。」

時計を見ると日曜の12時半、うんうん何だかいい感じ。
特に予定もなくて、適当に起きて朝ごはんを一緒に食べて、家の掃除をして、ちょっとまったり。
旦那がご飯を作ってくれて。
穏やかな、日曜日だなあ、と思う。
結婚前は毎日毎日バタバタしてた。
給料に差はないのに私の仕事だけ忙しくて帰れなくて。毎日毎日仕事場に日付変わるまで残って、帰って死ぬようにベッドに倒れていた。
旦那はなかなかのホワイトな大企業のようで、遅くても9時くらいには帰社していたみたいだった。
それでも繁忙期はやはり日付変わる位に残る日もあるとかないとか。
でもしっかりと残業代は一分単位で支給されているし、残業があったとしてもやっぱりホワイトなのだ。
私はというと、社会人になってからの記憶があまりない。
やりたかった研究職に就いて、楽しかったのは最初だけだった。
やりたいことが出来ないのも、上司と反りが合わないのも、そりゃ仕方ない。
仕方ないと頭がわかっていても心が追いつかなかった。
意味の無い書類を大量に作らされて、研究も研究論文も全然進まない。よってどんどん帰る時間は遅くなる。
心も身体も限界だと毎日思った。
でも夜中ベッドに倒れ込んだ時、旦那が夜遅く彼も疲れているのに、私のために明日の朝ごはんを作ってくれてた。胃に優しい野菜スープ。
私は意識がぶっ飛ぶ少し前にその光景を見て泣きそうになった。
わざわざ私の部屋に合鍵使って入って、律儀に小さい声で寝てる私に「邪魔するぞ」って言って、朝ごはん作って、部屋の掃除を軽くして帰って行くのだ。彼も明日仕事だから。
私はサービス残業、休日出勤当たり前で、学生の時よりうんと会う時間が減った。
私に愛想を尽かさずこんなに尽くしてくれる人がいるだろうかと思った。
今度は私が尽くしてあげたい。
そう思った。

「リヴァイ、結婚しよう!」

私からの逆プロポーズに1年半前の旦那はそりゃもう驚いていた。そして大きな溜息を吐いて言ったのだ。

「クソメガネ。それは俺が言おうと思ってたんだが。お前は本当…」

最後に旦那はまた言いかけて辞めた。
そしてゴソゴソとコートのポケットから婚約指輪を出したんだ。まさか同じことを考えていたなんて!その時は彼の誕生日で、私は無理やり休みをもぎ取って彼にプレゼントとか色々用意したんだけど、逆にプレゼントを貰ってしまった。
リヴァイは、何度も大きな溜息を吐いて、でも少し嬉しそうで。



「ハンジ、終わったのか?」

後ろから旦那に声をかけられて、私の脳内回想は終了した。一気に元の時間軸に引き戻される。

「あ、ああ!終わったよ。どうだい?最初の頃より上手くなっただろ?」
「ああ、悪くない」

ワイシャツを持って見せてみると、旦那の中での最上級の褒め言葉をもらう。

仄かに美味しそうなケチャップのような香りが鼻腔を擽った。

「リヴァイ、そうめんじゃないでしょ」
「ああ」
「もーそうめん食べたかったなあ」
「もっと暑くなってからでいいだろ」

私はアイロン台と旦那のシャツを仕舞って、食卓に向かう。
テーブルには既に美味しそうな湯気のたったナポリタンが置かれていて、コップにお茶に、フォーク。
準備は完璧だった。

「おいしそう」
「冷める前に食べろ」
「いただきます」
「火傷するなよ」
「ふふ、ありがとう。」





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