虹の代理戦争が終了し、アルコバレーノの呪いは解けた。
ヴァリアーは少し日本で代理戦争での傷を癒してからイタリアに帰ることに。


マーモンは、アルコバレーノたちと喜びに浸っているのか、帰って来ない。
俺はもう見飽きた病院のベッドに嫌気がさして、寝返りをうつ。
大した怪我を負ってはいない。
むしろもう完治に近い。
でも無性にホテルに帰りたくない。
ホテルにはマーモンと、俺と同じく軽傷で済んだルッスーリアとレヴィがいる。
スクアーロとボスはかなりの重傷だから、退院はまだまだかかりそうだ。

何時までも寝転んでいても退屈だ。
俺は起き上がって、ブーツに足を入れる。

「おい、どこに行く」
「どこでもいーじゃん。俺もう平気だし」

スクアーロは、チッと舌打ちする。
聞こえてるっつーの。
どこでもいーじゃんとは、言ったものの、行き先なんて全く定まってない。
俺は行く宛のないまま病室を出る。
どの病室の前を通っても賑やかだ。
俺たちの病室とは大違い。
だってボス寝てるし、スクアーロも寝てるし、王子暇だし。
たまにフランが遊びにくる。
あいつ記憶戻ってんじゃねーの。

「あ、堕王子!」

噂をすればというか、まあ、噂はしてないけど。
あまりにも何も無いので病院を出ようとした時、後ろから声をかけられる。

「何してるんですかー寝てなきゃダメですよー」
「もう治ったつーの」

振り返ると、でっかい林檎を被ったフランがいた。
フランには大きすぎる黒曜の制服。
肩幅が足りず、ずり落ちているのを、フランは小まめにあげていた。

「ミー暇なんですよねー」

フランは俺の顔を見ず病室へ続く廊下を見ていた。
ぎゅ、と俺の服の袖を子供なりに強く掴みながら。
廊下を見つめるフランの表情は、林檎が邪魔して見えなかった。

「王子が遊んでやるよ」

林檎をポンポンと叩く。

「はあ?ミーが堕王子と遊んでやるんですよー」
「カエル、いい加減にしねーと殺すぜ?」
「ヘルプミー」

その言葉を合図に、フランは俺の袖を離して走り出す。
病院の自動ドアをくぐり抜けて。
俺は、数秒してから、フランを追いかけた。

さすがに一般人の前でナイフもワイヤーも匣も使う訳にはいかない。
それを分かってかフランは人通りの多い道ばかり選んで走る。
俺はなかなか捕まらないフランに苛立ちながら、後を追う。

随分高いところまできた。
丘の上だ。
並盛の街を一望できる小さい公園。

俺が着いたとき、フランは公園のベンチにいた。
ふぅーっと、深呼吸して、俺もフランの横に座る。

「何だか、不安なんですよねー」
「?」
「ミーだけ色んなものに置いて行かれそうで」

俺はフランの横顔を見る。
フランは決して俺を見ない。
真っ直ぐ並盛の街を眺めていた。

「なんちゃって。嘘ですー。もしかして、引っかかりましたー?」

フランは戯けてみせる。
手をひらひらとして。

「お前さ、未来の記憶あるだろ?」

俺の言葉にフランは一瞬、ぐっと口を噤む。

「お前、六道骸たちの前じゃそんな喋り方じゃねーじゃん」
「…ミーが何で、あの時ヴァリアーを選ばなかったか、分かりますか?」

あの時、それは俺たちヴァリアーと、六道骸の一味がフランの取り合いになった時のことだ。
最近のことで、よく覚えてる。

「師匠はナッポーだけど尊敬してるっていうのもありますけどーもう1つ理由があるんですー」
「なんだよ」

「ヴァリアーに、ミーの居場所があるか不安だったんで」

だって、ベル先輩にはマーモンさんがいるじゃないですかー。
フランはそれだけ言って何も言わなくなった。
俺も何も言わなかった。

俺はフランの見つめる、並盛を見つめてみた。
別にこれといった思い入れもない、平穏な町。

サラサラと、フランの幻術で作られた林檎が融けていく。
それは星屑が流れる天の川のように、儚く消えた。

林檎が全て空気に霧散した時、フランが初めて俺を見た。

「いつか、世界一の術師になります。その時になったら、また、迎えに来てくれますかー?」

フランはそう言うと見たこともない柔和な笑みを浮かべた。
俺は驚いた。
未来と違ってガキンチョのくせに、妙に大人っぽい。
そして、哀しげで、不安そうで、でもなぜか嬉しそうで。
様々な感情の入り乱れた微笑みは、俺が見た中で1番と言ってもいい魅惑的な表情だ。

「王子に命令とか、生意気ー」
「命令じゃないですー可愛い後輩のお願いですー」
「…仕方ねーから約束してやるよ」
「わーい」

全く心のこもっていない喜びの声。
フランの、こういうところが嫌いだ。

触れ合うだけの軽い口付けをすると、フランは少し驚いた顔を見せたあと、また微笑んだ。
そして、ふわりと甘い香りを遺して空気に霧散した。

「霧の幻術か」
「あたりでーす。まあ、ミー自体は本物なんですけどねー」

その言葉を残してフランの気配は完全に消えた。
黒曜に帰ったんだろう。
俺はフランが先程までいた場所から目線を外す。
並盛の空は綺麗な夕焼け空だ。
燃えるような朱が、フランの林檎を連想させた。


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