呪いが解け、久しぶりの自分の本当の身体を手に入れたマーモン。今まで見えなかったテーブルとか、届かなかった本棚とか、目線とか。
全部が嬉しくて仕方なかった。
もちろん浮けば全部簡単に済む話なのだが、違うのだ。何となく。それとこれとは話が別。
そしてマーモンは自分の部屋であるにも関わらず辺りをキョロキョロと確認してからテーブルの上の紙袋に手を伸ばす。
中身を確認して、満足げに微笑んでからマーモンはシャワールームに入った。

昨日の晩にもシャワーを浴びていたマーモンは簡単に身体を流して、バスタオルを見に纏う。
そのままバスタオル姿のまま部屋に戻り紙袋の中身を出した。

「ふふふ〜ん」

柄にもなく鼻歌を歌いながらバスタオルを外して、紙袋の中身、薄桃色でふんだんに使われたレース、谷間にキラリと光る石、と女の子らしい美しいランジェリーを取り出した。
普段、服装に無頓着なマーモン。
化粧っけもなく、服装にも興味がなさそうにしているのは建前で、本当はマーモンだって人並みの女の子と同じくお洒落をしたかった。
しかし自分の恥ずかしがり屋という性格。
そして暗殺部隊である以上派手な格好は喜ばしくない(派手なものも沢山いるが)
もう1つに、自分の容姿、特に体型にコンプレックスがあるため
大っぴらにお洒落なんてものに手を出せなかった。
しかし、ランジェリーは違う。
誰も見ない。
自分以外見せない。
ランジェリーはマーモンにとって一番のお洒落をする場所。
買ったばかりのブラジャーを腰を曲げて着ける。
あまり大きくないマーモンの胸にピッタリサイズのブラジャーはマーモンの身体を美しく飾る。
ショーツも履いて、チラッと全身鏡を見る。
華奢で白い身体によく似合うランジェリーを見て、マーモンは1人、うんうんと頷く。
満足したマーモンが、床に落としたバスタオルを拾った。その時。

「マーモンっちょっと早いけど任務行こー…ぜ…」

ひょこっとマーモンの部屋の扉から顔を覗かせた同僚のベルの出現によりヴァリアー本部には悲鳴が響き渡ることになった。

「ふ、ふぎゃあああッ」

と、同時にパシーンッと皮膚を叩く所謂、いい音も響いた。








「いってー…機嫌直せよマーモン」
「ふんっ」

あの騒動、下着姿を見られてすぐ、マーモンはベルの頬を引っぱたいた。
咄嗟、反射に近い平手にベルは避けることが出来ずモロに喰らうことになる。
自身のヒリヒリと赤い頬を摩るベル。
普通に接してはいるが、ベルはまともにマーモンの顔が見れる状態ではなかった。

「だいたい君はいっつも勝手に僕の部屋に入ってくるんだから!」
「しーっ気付かれたらどーすんだよ」
「ムムッ…」

ベルの静止に怒りを無理やり抑え込まれマーモンは唸る。
ベルは物陰から本日の任務のターゲットを覗いた。
ベルがターゲットを見ているとマーモンも見たいようで、自然と近くなる距離にベルの胸はとくんと跳ねた。
仕方ないのだ、ベルは思春期真っ最中の16歳。
女性の、しかも普段色気ないマーモンの下着姿のギャップに戸惑いを隠せない。
ふわりと香るマーモンの柔らかい匂いにベルは思わず身を引いた。
危ない危ない、任務に集中しなくては、とベルが早まる心臓を抑えようと深呼吸をした。
マーモンはベルのいつもと違う様子に首を傾げた。

その後、どうやって任務をしたかあんまり記憶にないまま、ベルは本部の自室に戻り、ふかふかの柔らかいベッドに身を沈めた。

「前まで赤ん坊だったくせに、生意気だよなー…」

マーモンの下着姿を見たのはほんの一瞬、しかしその一瞬のうちに焼き付いて離れない妖艶なマーモンの姿。おそらくベルの隠された目は今までにない見開き方をされていたことだろう。

ゴロンと寝返りをして溜息を漏らす。
あまり意識してなさそうだったマーモンの様子を思い出しベルは妙に腹が立った。
自分はこんなにも苦しんでいるのに、と非があるのはベルの方であるにも関わらず。

「ベル」
「んあ?…ってマーモン!」

聞き慣れた声に名前を呼ばれ振り向くと先程までベルの頭を占めていた人物。
思わず身を起こしてマーモンと向き合う。

「な、入る時はノックしろよ」
「ム、君に言われたくないね。それにノックしたよ何回もね」

マーモンはフードを深く被ったまま露骨に不快そうな雰囲気を漂わす。
それはいつも通りでもあるが。

「ボスが呼んでたよ」
「ボスが…?」

じゃあね、とマーモンが踵を返した時、ベルは思わずマーモンに手を伸ばした。
腕を後ろから強い力で掴まれ、前に進もうとしていたマーモンは反動でベッドに倒れ込んでしまった。

「な、何するんだ」
「マーモンは、なーんにも気にならないわけ?」

倒れた反動でフードがズレ、マーモンの瞳が露になる。髪の毛と同じ藍色の瞳。宇宙のようにきらきらとした瞳は、キッと力強くベルを睨みつけていた。
儚く危なげな瞳に、つやつやの髪の毛と唇。
ベルは思わずごくりと唾を飲んだ。

ぷっくりつやつやで桜色、弾力のありそうなマーモンの唇が、あまりにも扇情的でベルは衝動に任せてマーモンの唇に噛み付いた。
ベッドに座ってるベルに、縫い付けるように両手を上からつかまれてマーモンはなすすべがなかった。
バタバタと足を動かしても、ベッドの下に垂れ込む足がベルに届くはずもなく。
ぬるりと入り込む舌がマーモンの口内を犯すように動く。だんだん力が抜けていき、無意味な抵抗もやめマーモンはただただ酸素を求めて口を大きく開く。
それが余計ベルを受け入れる形になってしまう。
抵抗をやめたことに気付いたベルはマーモンの腕から手を離し、彼女の頬を包み込んだ。
卑猥な音を立てながらキスは続く。
マーモンはまともに息が出来ない窒息感に目に涙を浮かべた。
唇が離された時、どちらのか分からない唾液がマーモンの唇から垂れる。それをベルがぺろりと舐めとった。
お互い息を荒らげたまましばらく見つめ合う。
マーモンは下からのぞき込むようにベルの瞳を見た。
普段滅多に拝めない青い瞳は少し苦しそうに艶やかに細められている。
マーモンは自分の唇を袖でぬぐい、立ち上がった。

「な、何するんだよ…!」
「マーモン、ここにいてよ。」
「は?」

全くベルとの言葉のキャッチボールが成されない。
しかしベルの瞳と口調は至って真剣。
マーモンは呆気にとられてしまう。

「何を言ってるんだい」
「俺、ボスのとこ行って戻ってくるからさ、ここで待ってて」
「なんで?」
「続きしよ」
「な、冗談じゃないよ」

ベルの誘いにわざとらしくマーモンは拒否する。
自分の身体を守るような、隠すようなジェスチャーをする。ベルは何時もの笑顔を浮かべず至って真剣という態度を崩さない。だからこそベルが本調子になるようにわざとらしくしたというのに、マーモンの思惑通りにはなってくれない。

「今日のマーモンの姿が頭から離れない」

ベルの言葉に今日の騒動を思い出しマーモンはみるみる顔から耳まで茹で蛸のように真っ赤に染めあげる。
堂々と恥ずかしげなくいうベルの姿は男らしいことこの上ない。いやむしろ恥ずかしいなんて言葉をこの男は知らないのかもしれない。
マーモンは顔を赤くしたまま俯く。
思考回路はまさにあの歌詞の通りショート寸前だった。

「マーモン、さっきどんな気分だった?」
「え?」
「嫌だった?」
「な、なにが?」
「キス」
「え、あ。」

キス、と言われればまた先程までの濃厚なキスを思い出しマーモンは慌ただしく普段では考えられないほど顔をコロコロと変える。
ベルはそんなマーモンを見て少しだけ笑みを浮かべながら彼女の手を取り、まるでお伽噺の王子様のように、手の甲にキスを落とした。
マーモンはより一層恥ずかしそうに顔を逸らした。
逃げようと思えば逃げれるのに、とマーモンは少し悔しく思った。
どうして逃げないのだ。と自分自身に問いながら。

「ボス待たしたら、おっかねーし行ってくる」
「うん…」
「ここにいろよ?」
「うん…」

思わずYesと応えてしまう。
ベルは呆然と突っ立っているマーモンの手を離しベッドから立ち上がる。
すれ違いざまにポンポンと頭をなでてから部屋を出た。
マーモンはベルを目で追いかけることしか出来ない。
本人は気付いていないが、それはもう寂しそうに眉を顰める。
しばらく先程の濃密なキスを思い出して、自分の頬を触ってアワアワとしていたマーモン。
ハッと意識を戻して、逃げなくては、と意を決して部屋のドアノブに手をかけた瞬間
マーモンの意志とは別の力でドアが開かれた。

「あっれー?マーモン、そんなに待ち遠しかったわけ?」
「な、ちが」
「お迎えとか王子感激」
「だから、ちがっ」
「はいはい。照れなくていーって」

ドアの先にはベルがいて、外を出ようとするのを阻まれる。マーモンの話に聞く耳を持たないベルにらそのまま部屋に押し戻されて彼女をひょいっと抱えあげる。
ベルは、器用に後ろ手でドアの鍵をかけてそのまま真っ直ぐベッドへ歩く。
ベルの肩に乗せられたマーモンはバタバタと手足をばたつかせるも無意味。
マーモンはそのままベルと甘い砂糖菓子のような夜を過ごすこととなる。
そして、ベルに後日彼好みのランジェリーをプレゼントされマーモンがキレながらも、しっかりランジェリーを頂くことをまだ2人は知らない。



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