風丸が学生用の革の鞄にウサギのぬいぐるみのキーホルダを付けていることに、今気が付いた。付けてるのは、ベージュで黒い目の可愛いウサギのぬいぐるみだった。彼女は男勝りでサバサバしているところがあるから、可愛らしいウサギに私は少し驚いた。どうしたのこれ、と問えば、貰ったと簡単な返事が返ってきた。風丸とウサギ。梅にウグイス。誰だか知らないけれど、良い選択だよ。
「あんまりこういうの買わないんだけどさ、貰っちゃったから、付けてるんだ」
彼女はそう言ってぬいぐるみの頭をするりと撫でた。ウサギは手に連れられて、チェーンごと揺れた。

昔、私もクマのキーホルダを持ってた。ぬいぐるみの、茶色い長い毛の可愛いクマ。私はそのキーホルダのクマがとても気に入ってたから、鞄に付けていた。でもその鞄をあんまりよく使うものだから、鞄がよれていくのと同時にぬいぐるみもくたびれていった。そうしてある日、ふとクマを見たら腕がなくなっていたのだ。胴体と腕とを繋げていた糸が切れたようで、胴体から白い糸が垂れ、腕は見当たらなかった。慌てて、豆鉄砲をくらった鳩のように引き返して彼の腕を探したのだけど、結局見つからなかった。がらんとした歩道で寂しい気持ちになった。クマは無機物の擦んだ目で私を見ていた。
それ以来私はぬいぐるみというものを買ってない。たまにお土産で貰うけど、その時は貰ったその場ではしゃいで、家の中では悲しい気持ちになった。私は自分で望まないのに、そして私も望んでないのに、私の手元に来てしまった人形達を可哀想だと思った。

望んでない、と言うのならそれは私と風丸もそうだった。私達はヒロトとキャプテンを媒介して出会ったのだ。ちょうどヒロトがキャプテンと話しているところで、私と彼女は知り合った。始めてみたときに私はピンときたのだ。彼女はキャプテンが好きだ、と。これは私が人物観察が得意なのと、私自身がヒロトを好きなのとで瞬時に分かった。同じ香りがした、とでも言えばいいかもしれない。だから結果はどうあれ、私達は仲良くなりたくて今一緒にいるわけではないのだった。むしろ傷の舐め合いのようで、始めはあまり好ましくは思ってなかった。
それが何時からだろう、私はヒロトの赤い髪ではなく彼女の青い髪を追い求めるようになった。彼女も幼馴染みより私と行動を共にするようになった。私達はお互いの服のサイズを知ってるし、肌の感触を知ってる。薄いセーラー服越しに当てがわれた胸の柔らかさを知ってる。髪をほどいて遊んだと思ったら、唇を重ねたりした。そしてそんな時風丸はいつも私を曖昧な笑顔で包み込む。私は悲しい気持ちになる。

「緑川、いる?これ」
彼女がウサギのキーホルダを指差して言った。
「え?いらないの?」
「いや、じっと見てるから欲しいのかなって」
「別に、可愛いなってだけだけど」
「ならいいんだ」
帰り道をゆっくり歩いてゆく。見馴れた道を喋りながら、時々出来る沈黙に上を向いて、高い視点からの帰り道の馴染みのなさに驚いたりしながら。
そっと彼女の手を握ってみる。そうしたら彼女はニコリと笑ったから嬉しくなって(調子に乗ったとも言う)、ぎゅうっと抱きついてみた。幸い回りに人はいなかったから、彼女も特に拒んだりはしなかった。
「緑川、どうしたの」
「風丸すきだよ。すきすきだいすきー」
「私も好きだよ」
抱き締めた彼女は柔らかかった。そうしてまた、彼女は何時ものように曖昧に笑った。

どうしようもない片恋していたのだ。ふたり一緒にいるのに、ベクトルは相手に向いてなかった。私も彼女も、やんわりと断られたのに未だに諦めずにいたのだった。失ってしまったものはしょうがないのに。なくなった方向を見つめながら、私達は呆けるしかない。


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