人体抄

首(凉野と照美)

「首って細すぎると思わない。中の色々なものに比べてとても」
照美はそう言うと私の首の喉仏の下を指の腹でぐ、と押した。彼の力は意外と強く、吐きたいような苦しさを感じた。
「苦しいでしょう。どうして、首の肉はもっと厚くないのだろう」
「知らないな。だが他の生き物だってそうだから、きっとこれが都合が良いのだろう」
「そういうものかな」
照美は私の返事を待たずに指を離した。引くときに、押されてるときとは別の気分の悪さを感じたが黙っておいた。彼は自分の首を同じように押すと、すぐに指を離し「気持ち悪いね」と言った。
「こんなに薄い皮なんだよ。怖くないかい。例えば、僕が今君を締め殺すなんて簡単にできてしまうんだよ」
「それは無理だな」
私がすかさず言うと照美は目をしばたいて「え」と言った。他の動きは停止して、ただ目だけがパチパチ見え隠れした。珍しいなと思った。
「無理だよ。なぜなら、きっとその時私は酷く顔を歪めて抵抗するからね。君は私が辛そうな顔をしただけで手を緩めるよ。それに、人は案外打たれ強いからね」
だから、私は死なないし、君は殺さない。そう言えば照美はうう、と言い、そうなのかな、と呟いた。
「でも、だから細すぎないと言うのは、論点のすり替えじゃないかい」
「ばれていたか」
「なんだ。酷い、君」
「テクニックさ」
と言うと照美はふうんとだけ言ってそっぽを向いた。真剣な顔をしている。
「僕の命題はどうやったら証明されると思う」
「さあ、わからない」
「僕もわからない。でも、確かに人間はこれだけで生きているんだよね。不必要をギリギリまで削ぎ落としたのが今の僕らだ」
彼はそう言うと髪をするりと撫でた。
「きっと極限まで突き詰めて出来たのだよね。なら細すぎるのは当然だ」
私の顔を覗き込むと彼はでしょう?と同意を求めてきた。その論理の道筋が正しいかは私にはわからなかったが、彼が結論を導くことが出来たのは素晴らしいのでそうだな、と頷いておいた。


胸(南雲と照美)

照美が男だとは思えない。
確かに彼は共にサッカーをしているし、十分に強い。体格だって華奢ではあるがきちんとした男の骨格をしている。何より彼の胸は平らである。彼は紛れもなく男だ。
しかし、違うのだ。
彼には何か知れない近寄りがたさがあった。世界を達観している節があるような気がしてならないのだ。それは例えれば生殖手段のある女のそれのようなものだ。彼が何をもってそう考えているか知らないが、とにかく俺にはそう写る。自ら何かを産み出せるという誇り。彼はそれを持っているのだ。
そんな訳で、俺には彼が男だとは思えない。


腹(玲名とヒロト)

学校で赤ちゃんは女の腹で育ち生まれると習いました。女の人の腹のなか。ヒロトは本当に自分も昔その中にいたのかしらと不思議に思いました。
「どう思う?今日の授業の話」
「どうって?凄いなあとは思うけど?」
玲名はそう言うと首をかしげました。女の子って意外と強いなとヒロトは思いました。
「本当にお母さんから生まれたのかなって思わない?」
「別に?生まれたから生まれたのよ。変なこと言うね」
玲名はそう言うと曖昧に笑いました。女の子って強いなとヒロトはやはり思いました。
玲名ちゃーん!向こうで呼び声がしたので、彼女はそちらに行ってしまいました。彼女も大人になったら子供をつくる。一人残ったヒロトは玲名の腹の羊水を無意識に想像して、なんだか不気味な感覚を覚えました。昔確かに自分はその中にいた。その事実を簡単に受け入れた彼女に驚きと、恐ろしさを感じたのでした。


背(緑川と三浦)

ディアムの背中は何時も遠かった。
俺より運動神経のよい彼は何時も俺を気にしながらボールを蹴っていた。キャプテンの俺がバテるとチームの統率がとれなくなる。それは分かっているのだけど、どうしても俺には体力が足りなかった。きつい練習に疲れはてて、上に怒られたことが何度あったか。その度に荒れた皆をなだめるのが彼だったし、俺を労ってくれたのも彼だった。
「君はよくやってるさ」
ディアムは俺を君と呼ぶ。レーゼでもリュウジでもなく、君。なんとなく彼の気を使った優しさを感じた。
「訳分からない計画の捨てゴマのキャプテンにされて、協調性の無いやつらの面倒見させられて」
「言い過ぎだ」
さすがにそれは言ってはいけない。もし、俺以外の誰かに聞かれていたら大変なことになる。
「いいんだよ。君は愚痴を言えないからね。俺が代わりに言ってるのさ」
「だが」
「いいんだ」
そう彼は強く言い切った。普段からきつめの目はもっと厳しくなった。
「君がレーゼを演じるのがどれだけ辛いか位分かってるさ。俺が君の思うことを吐き出すから、君はキャプテンを素知らぬ顔で務めるんだ。いいね」
そう言って気を使ってくれる彼が優しくて、涙が溢れた。今はレーゼなのにと困ったら、ハンカチをくれた。ありがとう、俺は君に頼りすぎだね。ハンカチを渡すと彼は見なかった事にするから、と言って去っていった。その背中はやっぱり遠かった。
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