俺らは同じ世界に生きているから同じ物理法則が適応されるはずなんだけど、どうしてだか照美だけ例外な気が俺にはする。照美の髪だけやたら綺麗にゆっくり風に吹かれる気がするし、彼の声だけ何故か遠くからでも凛としてよく聞こえる。不思議だなと常日頃から思ってるのだけど、きっと気のせいだ。何か他の外的な要因でそう思ってしまうだけだ。何故って照美は人間だから。彼だけ物理の法則が当てはまらないなんてこと、あり得ないさ。


 校庭のグラウンドに揺れる金髪は、宮坂の。肩まで伸びてて結構長め。入学したての頃はもう少し短かった。
「切らないのか」と訊いたら、
「いいえ。伸ばしたいんです」とはにかんだ返事がかえってきて、邪魔じゃないかと思ったけど黙っておいた。これは俺がサッカー部に入る直前の話。
 今も宮坂は長めの髪の毛をそのままで走ってる。彼は髪が長いくせに結ばないから、見てるだけでうっとおしそうだった。それに汗をかけば髪は顔にへばりついた。不快じゃないのだろうか。今だって、ほら。遠くを走ってる宮坂が、風になびく髪を抑えながら手を振ってくれてる。俺も手を上げたら、その時にボールが回ってきて少し忙しかった。反応がワンテンポ遅れたから「よそ見するなよー!」とゴールにいる円堂に言われてしまった。苦笑して「スマン!」。その間中俺の髪は風に翻弄されていた。


 たまに、なんとなく連絡を入れて、なんとなく照美と会うことがある。連絡するのは俺からだったり彼からだったりするけど、会おうと言うのは何時も俺。別にそれに不満がある訳じゃない。ただ事実を言っただけ。いつも照美は他人となんとなく距離をとっているのだ。やたらとくっつこうとしないけど、近付かれたら拒まない。深入りしない、きっとそれだけのことだ。
 時間を決めて適当な所で待ち合わせをする。場所は公園とか大きな店の前とかの事が多い。でも会ってもあまり長くは一緒にいない。適当に喋ったり軽くボールを蹴ったりして、時間になったら別れて帰る。深入りはしない。この習慣のようなもののお陰で、実を言うと俺は彼を未だによく知らなかったりする。彼の言葉の端々から類推は出来るけど、核心は付けない。照美は隣に居るけど、居るだけ。外身の綺麗なままで、中身がわからない。
 だからかもしれない。照美に物理の法則が成り立たないのは、彼がフワフワした不思議な存在だからなのかもしれない。


「俺、たまにお前は本当にカミサマなんじゃないかって思う」
「…それは、誉めてるの?」
「…いや…」
 ある日小さめの公園でサッカーをした。サッカーと言っても、公園のベンチの前の空間で軽くボールを蹴りあっただけなのだけど。その日も風が吹いていて、古びた青いブランコとか周りの木の葉だとかを揺らしていた。長い髪は勿論俺を引っ張った。照美の髪も、例外ではなかった。だけどやっぱり彼の髪は絵みたいに綺麗に風に吹かれてる。宮坂の金髪はあんなにうっとおしそうなのに、照美の金髪はこんなに綺麗だ。
「なあ、邪魔じゃないのか」
「何が」
「髪」
俺がポーンと蹴ったボールを右足で受けて蹴り返す。髪が風にそよぐ。ボールが放物線を描いて飛んでくる。
「そうだね。正直、邪魔だ」
左足で受けて、右足で蹴り返す。ポーン。
「結ばないのか」
「似合わないんだよ」
ボールを蹴り上げてリフティング。少し調子を戻してからまた蹴り返す。
「でも短いのも似合わないんだ」
「そんなわけないだろ」
「本当さ」
俺がまた寄越したボールを右足で止めると、両手で肩より下の髪を後ろに折った。短い髪の彼は新鮮な感じがした。
「似合わないだろう。なんだか、中途半端で」
「そうかもな」
「だから嫌なんだ」
彼はボールを蹴った。
「なら結ぶのは?ゴム貸すから、見てみたい」
右足でボールを止めてそう言えば、照美は苦笑して渋々、仕方無いなと言った。
 美人は何をしたって美人だ。そして照美はその美人に該当する人間だった。だから俺が髪を高いところでくくってやれば、照美は簡単にそんなかんじの雰囲気を纏うことが出来た。美人は得だ。
「似合うじゃないか」
「嘘はやめておくれよ」
ふるふると頭を振ると彼は困った顔になった。高く結んだ長い髪が左右に大きく揺れた。
「これじゃあ女の子じゃないか」
「俺に言うなよな」
普段ポニーテールにしてるのは俺の方だし、女顔だしさ、と言えば、
「君はいいんだよ。男らしい性格だから」
「お前だって、そうじゃないのか」
「違うさ」
彼は一回瞬きをして斜め下に目をやった。手を後ろにして綺麗な立ち姿になった。
「僕は君の思っているほど凄い人ではないよ。今だって、ほら、困ってる」
自分の顔を指差して彼は微笑む。見たことが有るような、無いような気がする顔。そうか、お前は困ってるのか。お前も、困ることがあるのか。
 結んだ髪を手にとり肩の前に持ってくると、彼は髪先を指に絡めてほどいてとをし始めた。
「実を言うとね、髪を結ばないのは、僕、朝が苦手なんだよ。起きれないんだ。でも、学校に行ってから結ぶのって嫌だろう?だからなんだ」
「ふうん?」
気持ちは分からなくもないから頷いたら、信じてないでしょうと懐疑的な目を寄越されてしまった。確かにそうだ。でも、照美の考えは少し外れてる。別に信じてない訳じゃないさ。ただ少し、予想してたのと違っただけだ。
「似合わないって思ってるだろう。僕が普通な生活をしてるなんて」
「まあ、想像はしづらいな」
「ほら、やっぱり」
そう言うと照美は頭に手をやってゴムをほどいた。髪が長いから結ぶのも面倒だけど、ほどくのも大変そうだった。照美の細い指が丁寧に髪をゴムに通していく。長い髪は日に当たって白く輝いた。
 ゴムを外すとふるりと頭を振る。それだけで彼の金髪は元通りになった。羨ましいな。さて、照美は俺にゴムを手渡すとはっきりした口調で、もう一度サッカーしようと言った。ああと頷いて彼にボールを蹴れば彼も蹴り返した。結び忘れた髪がうっとおしいのは、気にしないことにした。
 ポーンとボールを蹴れば同じように帰ってくるからつまらなくて、嫌な所に蹴ってみればそれも俺の嫌な所に同じように返される。ムッとして照美を見れば彼はフフンと笑った。随分子供じみたことをするな。
 互いに負けじとボールを蹴りあって、挙げ句の果てには(バカみたいだけど)必殺技まで使うことになってしまった。照美の常識の範囲外なパスを疾風ダッシュで取りに行く。すると次の照美からのボールはゴットノウズだった。それは、無しだろ!
「反則だ!シュート技なんて!」
「取れない君が悪いんだよ」
「あれを足で受け止めるのか!?ムリ!照美の反則負け!」
なんだつまらないと言うと、照美は煩わしそうに髪を手で後ろにやった。汗をかいてるから髪がはり付くんだ。俺も髪を下ろしてるから首回りが熱い。パタパタと服で扇げば少し涼しくなった。
「そろそろ時間だね」
髪を整え元通りとなった彼が時計を指差す。公園の時計の長針は10の所を差していた。
「帰ろう」


待ち合わせた所まで歩いていく。夕方の住宅街は小さな子だとか自動車だとかで意外と忙しい。
「疲れたな。腹減った」
「そうだね。僕もお腹空いたかも」
「コロッケ食いたいな」
「ふうん」照美はそれに相づちを打つと言った。「コンビニ寄る?」
ポケットを軽く漁り、何か入っているか確認する。何もなかった。
「いや、今財布持ってないから」
「そう。ならいいか」
「珍しいな、お前がコンビニなんて」
俺がそう言うと彼は、そうかなと首をかしげた。だってお前が店に立ち寄る所なんて見たことないからと言えば、そっか…と呟いて遠くを見た。
「コンビニ、行くよ。僕だって肉まんとか食べたいもの」
「そっか。…そうだよな」
「うん。そうだよ」
「…すまん。俺の偏見だよな。なんか、照美は俗世からかけ離れた感じがするんだ。お前他人に干渉しないだろ?だからいつもスマートで、えっと…」
「神様みたい?完全無欠の?」
「そう!そうなんだ!」
と言ってからハッとして赤面した。これは彼の琴線に触るんじゃ無いかと思ったのだ。しかしそれは寧ろ逆に作用した。
「そうだね。…ゴメンね。僕、つまらないでしょう。お喋りとかしないものね」
照美はうつ向きながらゆっくり言葉を繋ぐ。彼自身に語りかけるような口調で丁寧に。
「周りから見たら嫌な奴だろうけど、違うんだよ。自信があるからこんな風にしてるわけではないんだ」
「ああ」
「ねえ風丸君」
ふと彼は足を止めるとじっ、と俺を見つめた。戸惑いの雰囲気を漂わせている。どうするか考えてるようだった。
「聞いて」
「なに」
「僕は、」照美は一瞬躊躇ったが意を決したようだった。
「僕は普通の中学生だよ。顔形がちょっといいだけの、人付き合いの苦手な、ね。神様なんかじゃ、ないんだ」
風がびゅぅっと吹いて夕方の町をかけていった。色々な物がそれについていく。だけど残念。彼の髪はそっちへ吹かれて彼を煩わすだけだ。
「手、出して」
言われた通りに右手を出すと、彼の白い手がその上に置かれた。握る訳ではなく、置くだけ。彼の手も俺の手も風に吹かれていて冷たかった。
「暖かくは無いだろうけど、触れるでしょう。此処にいるでしょう」
「ああ…いる」
そう言ってその手を握れば彼は、でしょう?と微笑んだ。握り返された掌が柔らかいなと思った。
 もう一度風がびゅうっと吹く。髪が長いと弱ってしまうね、と言うから、結べばいいのにと笑ってやった。君と一緒ならいいかもしれないねと照美が言えば、びゅおお。また風が彼の髪をさらった。
「髪、風で荒れてる」
「君だってそうだろう」
と言うと彼は髪を手でとかし始めた。小さなほつれを真剣な顔でほどいている。あんまり真面目に髪を直すから面白くて笑ってしまった。そしたら彼は困ったようにほんのりと頬を赤らめて、笑わないでよと言った。
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