「ニューヨークに行きたいんだ」
風丸は雑誌をぱらりとめくるとそう言った。オペラ座の鮮明な写真が彼女の指の下に表れた。
「ニューヨークに行って、何するの」
「んーと。ショッピングして、ブロードウェイに行って、…またショッピングかな」
「なにそれ。買い物に行ってるだけじゃない」
「いいじゃないか」
風丸の指が次のページを開いた。明るい空と交差点。街の写真があらわれた。
「ヒロトだって買い物好きだろ」
「好きだけど、外国に行ってまでしたくないよ」
「えー。つまらない」
そう言って口を尖らせる風丸に基山は目を細めた。そして彼女の読んでいる雑誌を掴んで取りあげた。
「ちょっと!返してよ!」
「駄目」
「なんで」
「やだよ。風丸さんがニューヨークに行ったら」
風丸は一瞬あっけにとられたかと思うと、次にはくすくす笑い始めていた。急に笑い出すから、頬がほんのり赤くなった。
「なにそれ。ヒロト可愛い」
「な!…か、風丸さんに言われたくないっ!」
「ほらそういうところが可愛い」
「うるさい!」
「はいはいごめん」
「……む」
パサリと雑誌を風丸の頭に放り投げると「あいたっ」と彼女は声を上げた。雑誌は彼女の頭を滑り落ちた。お陰で彼女の髪型が少し崩れた。
「ふふっ。風丸さん可愛い」
「……ヒロトの負けず嫌いめ」
「違うよ。事実を言ったまで。風丸さん可愛い」
「それが負けず嫌いなの!」
「違うよ」
「違わないよ!ヒロトの方が可愛い!」
二人はそのまま黙ってしまった。早くとも遅くとも進まない無言の時間に基山は困った。どうしても意見を曲げようとしない風丸の真っ直ぐな目が痛い。仕方ないなあ。
「風丸さん。じゃあ私の方が可愛いことにするから、今度美味しい喫茶店に連れてって」
「なんだそれ」
「良いでしょ。美味しい、キャラメルティーが飲みたい」
「…わかった。探しておく」
「ありがとう」
「どういたしまして」
風丸はそう言ったすぐ後に基山の唇に人差し指を当てると「やっぱり可愛い」とくすくす笑って言った。基山は、むっと頬を膨らませると「ランチ奢ってね。あとケーキも」と言い額に唇を落とした。


(東京喫茶)

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