東雲の雲が見える頃、マキュアとウルビダは屋根の上で空を眺めていた。東を向いて瓦の上に腰掛け、橙に染まりつつある空をぼおっと見つめていた。
「綺麗ね。ウルビダ様」
「ああ」
マキュアは我が儘で身勝手な女だった。しかし彼女は選別され階級を与えられたた時から、玲名をウルビダ様と呼ばないことは無かった。せめて二人きりの時くらい様付けは止めろ。ウルビダがそう言っても聞かなかった。
「ウルビダ様、優しいよね。いきなり呼び出したのに来てくれるんだもん」
「そうか」
「うん。マキュア嬉しい!でも、此処にいて怒られないの?ガイアの人とかに」
「朝には帰るから平気だろう」
「ふーん」
ウルビダは綺麗な姿勢で腰掛けじっと空を見ている。真っ直ぐにぴんと伸びた背筋がマキュアに街に佇む電柱を連想させた。しかしコンクリートの固さも同時に感じられたから、目を逸らす様に南を向いた。
「あ、グラン様」マキュアは毛だるい声で何気なく言った。
「!」
バン!ウルビダの左手が突然屋根を叩いた。彼女は険しい顔をして左に振り返った。必ず目を引くであろう赤い髪を探したが、そこにグランの姿は無い。彼女は焦る心でマキュアの方を向いた。
「嘘だよ」マキュアは静かに言った。
「嘘なの。ちょっと試しただけ。ごめんなさい」
嘘。グランは其処にはいないのだ。つまりそれはただの、気を引くための言葉に過ぎないのであった。
ウルビダは「なんだ、変なことを言うな」と肩を撫で下ろすと深く息を吐いた。長いまつげが二、三度揺れた。
ウルビダの吐き出された溜め息と落とされた肩。マキュアはそれを何か遠い物の様に眺めた。
二人はまた無言で空を眺めはじめた。
しかし実際は、マキュアは回りの景観を視界に入れながらも、意識はウルビダに集中していたのだ。彼女の雰囲気を懸命に探り、頃合いをはかっているのだった。
ウルビダは電柱のようにすっとそこにいた。しかし彼女は何か考えてる風で、たまに電灯がふっと消えることがあった。その暗くなった一瞬をマキュアは逃さなかった。
「グラン様ってウルビダ様を好きよね。ねえ?グラン様に告白されたらウルビダ様はどうするの。マキュアを捨てるのかしら」
マキュアの見透かしたような目。それとウルビダの蒼い目が交わった。
「馬鹿なことを言うな!」
バン!ウルビダの屋根を叩く音。ビクリとするマキュアの肩。
彼女の憤りにマキュアは項垂れて「…ごめんなさい」と言った。マキュアは脚を引き寄せるとそれを腕で抱え込み、小さくうずくまった。その姿はただの弱々しい女の子だった。
「だって、普通そう思うよ。普通、格下の子と付き合わないよ。グラン様とマキュアならグラン様だよ。今まではみんな一緒だったけど、そうじゃなくなっちゃったんだもん。マキ、怖い。玲名はどんどんウルビダになってくよね。見棄てられそう。ねえ、玲名はマキを好きだよね?そうだよね…?」
震えるように言葉を発して、隣でうずくまる彼女を見てウルビダは気付いた。ヒエラルキーに囚われているのはマキュアでは無くてウルビダの方だったのだ。その事実がウルビダにはとてつもなく悔しかったが、どうすることも出来なかった。彼女は非力な子供でしかないのだから。
日が見えはじめた。辺りの屋根は一面赤く燃えていた。
ウルビダは父親のために自分が力を追い求めていることを自覚していた。その為なら何を犠牲にするのもいとわない自分には今気が付いた。虚しさが彼女を浸した。どぷり、と心のなかが空っぽになった。その空を切る感覚に、恐怖も感じた。泣きたくなった。ああ…でも…。でも私はお父さんを裏切れない…!
柔らかな首筋に噛み付く。少し力を入れたら赤黒い血が流れ出てきた。
「痛いよ」
「我慢してくれ」
血を舐める度にマキュアの肩はウサギのように震えた。
「止めて。ウルビダ様」
「駄目だ」
「止めてよ。苦しい」
「駄目だ」
「なんでっ!」
「これは、」
傷口に舌をねじりこめばマキュアは小さく悲鳴をあげた。それでもウルビダは執拗にマキュアの嫌がるようにした。
「命令だ。…私がグランよりお前を選ぶ為の」
「……はい。ウルビダ様」
舌を這わせるのを止めるとマキュアの唇に噛み付くように口づけた。
終わった。もう昔みたいな可愛い恋心は消え失せてしまった。あとに残るのはヒエラルキーに怯える愛ばかり。

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