人体抄

腕(凍地兄妹)

俺の腕は細くて弱々しいから愛はおろか自分だって守れない。男なのに情けないなと誰かに言われた。
昔、俺の父さんは腕っぷしだけのバカだったと母さんは言った。父さんは俺らが幼いときに騙されて借金を作ってしまって自殺した。借金は保険で払ったらしい。父さんが死んだ数ヵ月後に母さんがいなくなった。俺らには身寄りがいなかった。どうしよう、二人ぼっちだ。止まない愛の泣き声を背景に俺は呆然としていた。
バカは騙されて色んなものを失う。もう俺には愛しかいないのに、愛までいなくなったらどうしよう。考えたらゾッとした。愛がいなくなるなんて!嫌だ怖いよ止めてくれよ。バカになっちゃいけない。賢くならなきゃ。武器はそれしかないんだ。
だから俺は勉強をします。俺はもう何かを失いたくはないんです。



手(ヒロトと緑川)

寂しいのです。貴方のいなくなってしまうのが。
空港を離れる一瞬まで隣にいたその雰囲気を。最後まで笑顔でいてくれたその心を。真黒な瞳を。置いて行くのは寂しいのです。
あ、今。走り出した。加速して、飛んだ。
貴方のいなくなった寂しさを握りしめながら、僕は飛んでゆきます。最後まで振られていた貴方の手を僕は忘れません。
だから今は、貴方もこの寂しさを、ちょっとだけ感じていてください。そして、毎日ボールを蹴っていてください。そうすれば僕らは、きっと繋がっていられますから。



指(一之瀬と木野)

数年ぶりにあった彼女は一段と美しくなっていた。以前より大人びて、上品な微笑みを称えるようになっていた。
一之瀬はそんな彼女の左の手をそっと取った。そして彼女の紅差指に銀の指輪をはめると言った。
「決めてたんだよ。次に会ったときに告白するって」
爪の綺麗に整えられた指先に唇を落とした。ゆっくり顔を上げると彼女の瞳の奥を見つめた。
「I love you.」
薔薇の花弁のような微笑みが零れた。



爪(玲名と布美子)

お父さんを許す、とまではまだ心の整理がついていない。だからサッカーボールはまだ見たくない。しかし平気な顔をしてまた玉蹴りに興じる男共が憎い。そして玲名という名にはまだ慣れない。彼女は混乱していた。
「玲名、自分を大切にしなきゃ、駄目よ」
「…いいんだ」
自分の体に無頓着になった彼女の体は明らかに疲れきっていた。肌の色は悪くなった。髪は傷んだ。顔には吹き出物があらわれた。
「ご飯、たべてないでしょ」
「……」
無言は肯定。そうとった布美子はため息を1つ吐くと
「まったくもう」と言って持ってきたビタミン剤を取り出した。
「どうせ、食べ物は食べないでしょ。だからこれだけでも体に入れなさい」
「……」
反応のない玲名の口を強制的に開けさせると、布美子は錠剤を口に入れ水を流し込んだ。
「あんた、栄養失調で死にたくないでしょ。まったく、心配かけるんだから」
「……」
「髪は荒れ放題だし、爪だってボロボロじゃない」
「……」
余りの無反応に布美子は吐息を吐くと、マニキュアの塗られた指先で力一杯デコピンをした。爪が額に痕をつけた。
「いたっ」
「玲名、引き込もって一人で悩むのも良いけど、心配してる人がいるのを忘れないでよね」
強い口調そうとだけで言うと、布美子は扉を乱暴に閉めて部屋を出てしまった。残された玲名は扉を呆然と眺めていた。



股(クララと愛)

股肉って美味しいよね。
クララが私の足元を見ながら言った。今日の私は短いプリーツスカートにオーバーニー。花柄のぺたんこの靴。
どうしたのよ、クララ。お肉食べに行くの。
そうね、食べたいかな。
クララはそう言うと、私の剥き出しの太股をビビットカラーのネックレスをつけた手で触った。そうしてゆっくり口を開けた。
股肉って、美味しいよね。



脚(一之瀬と半田)

もし、一之瀬と俺の脚が交換できたら、俺は一之瀬のようにボールを蹴れるのだろうか。華麗な姿でプレーできるのだろうか。授業中にそんなことを考えてたら先生に当てられた。ぼんやりしてたから、勿論答えられなかった。一之瀬なら、こんな時も上手く対応できるんだろうな。ちくしょう、悔しい。だから俺は脚だけでなくて頭も一之瀬と交換できたらいいなと思ったんだけど、そうすると俺は一之瀬になってしまうと気付いた。一之瀬は確かに憧れだが、彼になるのは嫌だ。なんだか一之瀬に吸収されて負けたみたいじゃないか。だから結局俺は、やっぱり体の交換なんかしないのが一番だという結論にたどり着いたのだった。俺ってやっぱり平凡だなと思ったりしたが、まあ、しょうがないさ。
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