人体抄

目(ヒロトと風丸)

ヒロトの目は俺を写しているようだけど、俺を見てはいない。俺はそれを悲しいと感じる。何故なら俺の赤い目はヒロトを写しているし、その目は確かに彼を見ているからだ。
「ヒロト。俺の髪ばかり見てるけど、なんで」
ヒロトの緑の目は何処か遠くを見ている。彼の潤んだ目は緑の硝子玉のように俺の髪を逆さに写す。彼は俺の髪の中に虚像を探している。
「風丸君の髪は、玲名のに似ているんだ」
彼はそういって微笑んだ。その目は、見えないものを見ようとする悲しい硝子玉だった。


眉(吹雪と豪炎寺)

吹雪の眉がもしなかったら、吹雪は近寄りがたい人物になるに違いない。彼の垂れた目に積もる雪のように眉が其処にあるから良いのだ。俺が「吹雪」と呼ぶとピクリと僅かに上がり、「なあに」と言うときには下がってる。さりげなく彼の内側を知らす。だから彼の眉は必要なのだ。


頬(凍地兄妹)

勉強している兄さんにこう言ったことがある。
「兄さんはきっと、有名大に入ってエリートになるよね。あたしじゃあ無理だなあ」
そしたら兄さんは弱々しく笑って
「だといいな」とだけ言った。
エイリアが崩れてなくなって数年。兄さんは何処かに行ってしまった。今何処にいるのか何の便りもない。ただ置き手紙があって、恐怖観念に駆られて勉強するのが嫌になった。とだけあった。
私は兄さんがいなくなってからたまに、あの日の弱々しい笑いの兄さんを思い出す。ひきつった頬。焼けていない肌。兄さんのいう恐怖観念が何なのか、実のところ私にはよく分からない。しかし兄さんは自由になりたかったのだ。孤児というレッテルから、学歴から、今でも影を落とす階級から。だから兄さんが私の知らない何処にいたって私は構わない。ただ、自ら勝ち得た自由を存分に味わってくれていればそれでいいのだ。


唇(凉野と照美)

唇を重ねると走るのは、パッション。熱情。私は彼が欲しいし、彼もそうに違いない。押し付けるようにしてから唇を離せばくちゅという音がやけにリアルに響いた。
「乱暴だね。どうせ、体が欲しいんだろう」
唇がつむぐ。表情筋がせわしなく動き二つの色よい皮が美しく音を通す。まったく、彼の体は何処をとったって完璧だから憎たらしい。
「どうするの。今から押し倒すのかい」
完璧な芸術品の癖に何故だろう、彼は俗物だった。彼の唇は依存性のある炎なのだ。見ているだけでは分からないが、触れれば一瞬にして電撃が走る。体に疼く熱情が私を支配する。嗚呼欲しい。私は体が、熱い吐息が、リアルな音が、香りが、つまり君が!欲しい!


歯(小鳥遊と不動)

「殴れば折れるし欠ける。当然だろうがバカ」
喧嘩をする男は嫌いだ。血も嫌いだ。タバコも嫌いだ。セックスも嫌いだ。薬も嫌いだ。でも欲しいの。そしてアタシの天邪気な部分がそれを全部アタシにもたらす。嫌いなのにさ。だからアタシは自分も嫌いだ。大嫌いだ。
「なんで泣くんだよ」
知るか。出るものは出るんだ。ああ嫌だ嫌だ。大嫌いだ!アタシを金で抱こうとした男を殴ったこいつが嫌い。それで歯を折って倒れたこの男も嫌い。その欠けた歯に怖がっていると勘違いしてるところも嫌い。でも涙を流してるアタシが一番嫌い。大嫌い。意味分かんない。どうして泣くんだよ!
「お前、俺を王子様とでも思ってるのか?」
違う。あんたなんか嫌いだ。大嫌いだ。アタシを破壊しそうだからあんたなんか嫌いだ。大嫌いだ!


耳(佐久間と源田)

ピアスのついた佐久間の耳。髪の隙間から見えるそれを撫でればピアスが揺れた。
「どうして開けたんだ」
「別に、いいだろう。ファッションさ」
彼は適当に誤魔化したが俺は分かっている。ファッションの為などではないのだ。きっとまた何かあったに違いない。彼は辛くなると自分を傷付ける癖がある。このピアスもそれだ。佐久間、今度はどうした。訊ねても彼は笑うばかりだ。ファッションさ。良いだろ。
佐久間は何時もそうだ。俺のとなりにいるが、心は何時でも其処にないのだ。
佐久間、何かあれば言えよ。どうした源田、今日はやけに心配性じゃないか…。
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