ヒスイについての2つの習作

晴矢と茂人

「安っぽいところが好きなんだ。俺みたいで」
茂人はよくそう言ってビー玉を光に透かして見ていた。彼はガラスの、工場の無機質さを感じられるところが好きだと言った。それと光に透かすと、水のように向こうを通す寂しさが好きだとも。
「安いガラスがお似合いなんだよ」
白いベッドに横になっている茂人は何時だって寂しそうだった。だから俺は彼の前ではとにかく明るく振る舞った。茂人はそれを笑顔で受け止めてくれるが、それは表面上でのみだ。心のなかは寂しいままだった。
買ってきてくれと頼まれるから、俺は必ず駄菓子屋の安いビー玉を買って茂人に会いに行った。ふるびた店では何でもないガラス玉なのに、白い部屋にいる茂人の指先に触れるとどれもキラリ、と輝いた。眩しかった。しかしその眩しさはどれも涙の色に染まってた。光を通したその透明さは、何時からか泣かなくなった茂人の涙のようだった。
ベッドの横の透明な入れ物に入っている沢山のビー玉に、俺は目を伏せたくなる。だから今日は、もう顔馴染みになった駄菓子屋ではなく、駅前の宝石店に行った。そこで、柔らかな青竹色の小さな宝石を一つだけ手にとった。
白い部屋につくと、茂人が微笑んで迎えてくれた。
「晴矢、今日は少し遅かったね」
「あー、ちょっと遠くまで行ってた」
ポケットから紙袋を取り出すと、中の小さなビーズの玉を取り出した。
「やるよ。ヒスイ」
「……」
茂人は黙って紐を通す穴のあいた、白味がかった緑の玉を受け取った。
「本当は、もっと綺麗なのを買いたかったんだけどさ」
「うん…」
「俺には、高くて」
「……」
「だからこれ」
「……」
「なあ、絶望するならせめて泣けよ」
緑のその小さな玉は、光に透かすとくぐもった様に透けて光った。しかしその分中の傷や不純物が目についた。
茂人は静かに玉を見つめていた。俺はそんな茂人を黙って見ていた。ヒスイはキラリとは光らない。そのかわり、落ち着いた緑でそこに在る。
「リトル・マザーネイチャー」
小さな大自然。茂人はそう言うと瞳を潤ませた。それを隠そうと窓側を向いたが、震える肩は隠せない。嗚咽の漏れる彼の背に手を回した。細い肩を抱きしめた。
「辛いなら、泣けよ」
ぽたり。それを合図に茂人はボロボロ涙を流しはじめた。今まで泣かなかったのを取り返すかのようだった。
「も、治らないって…。い、いやだ。外、出たい、よ…。みんなと、も、もっとサッカー、し…したかった!」
茂人は強くなった。特訓して、本当に強くなった。でもそれじゃ覆せないものもあるのだ。神様は不公平だ。
富だとか健康だとかを意味するヒスイはあまりにも高かった。だけどその緑はとても優しい。それは俺らを包み込む自然だった。
「なあ、俺はずっとお前の隣にいるから」
「うん…」
リトル・マザーネイチャー。茂人はそれを得ることは出来ないが、それは彼を優しく包み込む。



ヒロトと一郎太

青くそよぐ草原の中の彼の目はまるでその手のひらにある緑の石を反射したようだった。
彼の目をえぐって光に向ければ、そら!その手の中の石よりまばゆく光るじゃないか!…なんて、俺は勝手な妄想をする。緑の彼の目はそれだけ美しい。
「風丸君…。おいで、よ…」
風の音、草原の波立つ音。それらがヒロトの声を遮る。遠い。ああ、聞こえない、よ…。
「おうい…。風丸…君…」
ああ、遠い。遠いよ、ヒロト。風が俺の髪をさらう。草原がざわめく。俺にはお前が遠い、よ…。
「風丸、君…」
びゅおおおぉ。風が強い。聞こえない。聞こえないよ、ヒロト。風が強すぎるんだ。お前が遠すぎるんだ。でもどうして、お前の目はそんなに、眩しい!
「おうい……」
ああ、眩しい。眩しい!お前の目が、その手の緑の石が眩しいよ!眩しすぎて、そっちに行かれないよ!おうい、ヒロト…!ああ、遠い。届かない。風が強いよ。びゅおお…。
「………」
何だ。何て言ったんだ?聞こえないよ。ヒロト。お前が遠すぎるんだ…!ヒロト!おうい、ヒロト…!
「風丸君…!」
ヒロトが此方に歩いてきている。早く!早く、来てくれよ。お前が眩しくて、俺は動けないんだ。
「風丸君!」
ヒロトは俺の手をそっととると、緑の石を俺の手に乗せた。手のひらの重み。まばゆい緑。
「眩しい」
俺の手の石も、お前の目、も。眩しい。
「風丸君」
「何だ」
「泣いてる」
「お前もだろ」
俺らは泣いてた。真珠のような涙が流れて、風に吹かれて飛んでいっていた。ヒロトは近いけど遠い。でも近い。それが悲しくて嬉しいのだ。
「ヒロト、俺を逃がさないで」
「うん。俺は此処にいるから」
俺の両手を彼の手がそっと包んだ。眩しい。でもお前は確かに此処にいるね。緑の海に確かにいるね。
「ヒロト、俺を逃がさないで…」
「うん…」
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