(※過去捏造話)


またバスは目の前を走りさっていきました。これでちょうど20本目です。バス停には僕しかいません。みんなバスに乗ってしまいました。乗ったら、運転手さんが僕を変な顔で見てドアを閉めました。バスが走り出しました。僕はまたブオオンという音を聞きながらバスの後ろ姿を眺めたのでした。
僕は時計が読めないので、時間がどのくらいたったのか分かりません。でも、高いところにあった太陽がもう沈みかけていて、空がオレンジになっているので結構長い間此処にいたんだと思います。僕が此処についた時はまだまだ明るかったのに。
僕がなんでそんなにずっと此処にいるのかというとそれは「此処で、待っててね」と言われたからです。だから僕は此処で待っているんです。でも、なかなか帰ってきません。いつになるのかな。まだかな。遅いな…。
風がぴゅうっと吹きました。肩が寒さでぶるりと震えました。
僕の隣に知らないお姉さんが座りました。お姉さんは腰かけると、黒い鞄から小さな本を出して読み始めました。しっかりした顔でした。僕は文字が読めないので、それがどんなお話なのか分かりません。お姉さんが声に出して読んでくれたらいいのになと思いました。そしたらこの待つ時間も楽しくなるのに。
次にお姉さんの隣に長い大きなバッグを背負ったお兄さんが並びました。背が高くて、やっぱりしっかりした真面目な表情です。お兄さんはイヤホンをして何かを聞いていました。そして、僕はやっぱりそれを羨ましく見てました。歌を聴けば楽しくなるのにな。
そのあとも隣のお姉さんと同じ服装のお姉さんとか、優しそうな叔母さんとかが列に並びました。みんなきっと僕の事などは、これっぽちも考えてはいないと思います。でも僕はこの人たちがずっと此処にいればいいのに、と思いました。
しかし手前の横断歩道の向こうに次のバスはやって来て、列の人達がざわ、としました。お姉さんは本を閉じて鞄からお財布を取り出しました。後ろの人も同じように準備をしていました。何かにぎゅっと締め付けられた気がしました。
バスがプシューと言って到着しました。お姉さんが立ち上がります。後ろの人もそうしました。お姉さんは僕の方をちらっと見てから、ちょっと早足でバスに乗り込みました。後ろの人はそれに次いで、僕を見ないようにステップを上りました。一番最後は僕と同じくらいの女の子でした。黒いランドセルを背負って、手にはくたびれた本を持っていました。小学生、だ。胸がちくりとしました。女の子は乗ったあと僕の方を振り返りましたが、僕は目をそらしました…。
また空っぽの所に僕は一人になりました。何だかそろそろ太陽が沈み切りそうです。寒い。何だか、頭がズキズキしてきました。咳も出てきました。苦しい。寒い。早く帰ってきてよ…。
止まらない咳に苦しんでいると後ろから
「なあ、お前大丈夫?」と声がしました。
振り返ると、赤い髪の毛の男の子が立ってました。
「咳大丈夫か?俺の上着貸してやるよ」
男の子は黒い上着を脱ぐと僕の肩にかけてくれました。ありがとう。僕が咳き込みながら言うと、別にいーよ。と言って僕の隣に座りました。
「俺、ずっとお前を見てたんだ」
「…え?」
「昼からずっと此処にいるだろ」
「……うん」
びっくりしました。まさか、僕をずっと見ている人がいるなんて。でも逆に怖くもなりました。この子は僕を、どう思ってるんだろう…。
「学校から帰るときに見て、そのあと遊びに行こうとしたらまだお前が此処にいて、遊んでそろそろ時間だから帰ろうと思ったらまだいたんだ。で、変だなーって思ってちょっと見てたんだけどさあ、お前何やってんの?」
男の子はいっきに喋ると僕を不思議な顔で見つめました。僕は何だか恥ずかしくなりました。
「待ってるんだ」
「ふーん。誰を?」
「えっと……」
どきりとしました。言いたくない。これは、答えたくない。怖くて、男の子からなるべく遠い所を見るようにしました。
「おい。どーした?」
黙ってると男の子は僕の方に身を乗り出して聞いてきました。言いたくないけど、言わなくちゃいけない気がしました。
「…………お母さん…」
身を振り絞って言いました。
「ふーん。ずっと母さん待ってんの?ずっと?」
「……うん…待っててって言われたから…」
「本当にずっと?」
男の子は、ずっと、を大きく言いました。それで僕は情けなくなって力なく
「うん…」と言いました。
男の子は曖昧に頷くと、そのまま黙って僕をじっと見つめました。僕は気まずくなって、うつ向きました。
「可哀想だけどさあ」
男の子がふと言いました。
「言う」
僕は何を?とは聞きませんでした。何を言われるか、無意識で理解してました。でもそれを認めるのを僕の体全体が拒んでいました。言わないで。止めて。怖い。頭がズキズキする。止めて。止めてくれよ!
「捨てられたんだよ。お前」
…ああ…言った…!
「嘘だ!」
ゴホゴホと咳をしました。嘘だ!僕は頭を横に振りました。なに言うんだよ!初めて会っただけなのに。ひどいじゃないか!捨てられたなんて!そんな!
「嘘じゃねーよ。お前、捨てられたんだよ」
咳き込みながら首を取れるくらい強く振りました。あんまり苦しくて、涙が出てきました。
「そんなことない…お母さんは帰ってくる…」
「どーかな」
彼の冷めた一言がまた辛くて、僕はぼろぼろと泣き出してしまいました。嘘だ。そんな事なんてない。ねえお母さん…!お母さん…!
男の子はぐずぐずと泣く僕をじっと見てました。そして、済まなそうにごめん、と言いました。
「でもずっと此処で待ってたって意味無いぜ」
「……」
「だからさ、お前、俺んち来いよ。俺、孤児院に住んでんだ」
「孤児院……?君が…?」
信じられませんでした。孤児院に住んでるって、彼はなんでそんなに平気に言うんだろう。
「色々あってな。なあだから来いよ」
「……」
僕は孤児じゃない。そう言いたかったけど嗚咽で言えませんでした。本当はいつかこうなるんじゃないかと幼いながら思っていたのです。僕は病気ばかりして、お金がかかるから。
「なあ。待ってるのより、断然いいからさ。なあ…」
僕はまたかぶりを振りました。どうしてもそうしなければ、壊れてしまいそうだったんです。
そうやって泣いていたら、またプシューとバスがやって来て、バス停の大人達はそそくさと乗っていってしまいました。
「俺、お前を心配してんだぞ。俺も父さん母さんいないから」
「……うん…」
わかる。それはわかるよ。でもさ、でも…!
「な?辛いのはわかるさ。でもさしょうがないだろ?な?」
「……」
「ほらさ、行こう?」
あんまりに悲しくて、辛くて、また涙が溢れました。でも心のなかには彼についていく方が良いと冷静に考え始めてる僕もいました。そしてぽっかりと心に穴が空いてしまった僕はそれに従うしか他にはどうしようもありませんでした。
泣きながらよろりと立ち上がると、
「じゃあ行くか」と彼は言って歩き始めました。
道行く人は僕らを変な目で見たんだろうなと思いますが、泣いていた僕には分かりません。とにかく僕らは歩いて彼の「家」まで行きました。
ほとんど道ながら僕は泣いていたんですけど、そろそろ辿り着く頃になってやっと泣き止みました。そしたら彼が、大丈夫か?と心配そうに訊ねたので、僕はコクンと頷きました。
「なあ名前、言ってなかったよな。俺南雲晴矢」
南雲君…は頷いたのを合図に思い出したように言いました。言ってから僕の方を向きました。
「僕は、厚石茂人」
「ふうん。茂人か。よろしくな。あ、俺は晴矢でいーから」
「う、うん。よろしく…晴矢」
「おう」
少し疲れた感じの建物が見えてきました。あれが俺の家。晴矢がそう言いました。家。あれは僕の家にもなってくれるのかな。大丈夫なのかな。
不安に思って晴矢を見たら、大丈夫。と彼は笑いました。不安な気持ちと、ほんの少しの希望が僕の身体中を駆け巡りました。
晴矢は入り口の門を開けると、僕の手を引いて中に入っていきました。きっと僕と同い年なのに、彼の手は暖かくて、とても心強く思いました。



This was written for Over Heat


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