部屋に戻るとユリの花が机の上に置いてあった。
ラッパに似た形の真っ白い花弁。花の大きさは手の平ぐらいだろうか。白い花は細長い葉のついた茎をおよそ30センチくらい残してそこに置かれていた。
なんだかよく見掛ける花な気がするのだけど、何処で見たのだろう。記憶を辿るとこの花が墓場によく供えられていることを思い出した。それにヨーロッパではユリは死を連想させると聞いたことがある。つまりこれは俺を弔う為の花なのだろうか。俺は頭の片隅でそんな恐ろしい妄想を始める。ユリの花の白が逆に毒々しく感じられた。
誰だろう。これを置いていったのは。俺を嫌いな誰かだろうか。それともこの花には何か別に大切なことがあるのだろうか。

「テッポウユリ」

ふと、後ろから声がした。振り返ったら基山ヒロトが立っていた。どうやって音もなく部屋に入ったんだろう。不思議だったが、でもこいつならそんなことが出来ても当然な気がした。
「ユリ科の多年草。原産地は沖縄諸島。観賞用、切り花用に栽培される」
彼は淡々と述べてゆく。緑の目で俺を真っ直ぐに見すえて。エメラルドの目。俺はそれから目をそらせない。何故なら俺は彼が好きだから。
「花言葉は純潔、威厳、甘美、そしてもう一つ、」

自分が基山ヒロトを好きだと自覚したとき、同時に俺が基山を好きになることは正しくない行為だとも思った。だから俺は別に基山など何とも思ってない振りをしていた。それは基山に対しても、自分に対しても。
だから、基山から告白された時。つまり基山から好きだと言われた時。俺はそれをはね退けたんだ。本当は涙が出るくらい嬉しかったけど、俺はありがとうとしか言わなかった。肯定も否定もしなかった。その時の基山は、表情はいつも通りだったけど、とても悲しそうだった気がした。彼はとても落ち着いた素振りで、そう。ごめんね。今のことは忘れてよ。と微笑んで言うと去っていった。彼がドアをパタンと閉めて、俺は一人になった。夕焼け色の空っぽの部屋が綺麗だったのを覚えている。泣きたいけど泣けなかった。あれはそう、確かにこの部屋でのことだった。

「あなたは偽れない」

基山ヒロトが此方を真っ直ぐに見詰めている。どう答えれば良いのか分からない。「え…と…」言葉がでない。分からない。基山は真っ直ぐに俺を見詰めている。でもどこか不安げに揺らいで。俺はどうすれば良いのか分からない。でも目だけはそらせない。白いユリの香り。あなたは偽れない。
「……」
基山ヒロトはやっぱり真っ直ぐに俺を見詰めている。俺はやっぱりどうすれば良いのか分からない。分からなくて、どうしようもなくて、つう、と、涙が零れ落ちた。どうしてだか分からないけど目から大粒の涙がはらはらと零れる。奥歯をきつく噛んだって、泣くまいと思ったって涙は止まらなかった。
ごめん。とヒロトが言った。
どうして。だって泣かせた。
「ち、ち、違うんだ。お、俺は」
お前が好きなんだ。と言おうとヒロトを見たら、なんでだろう。ヒロトも泣いていた。
なんでお前が泣くんだよ。ごめんね。でもきみがすきなんだ。
その言葉が嬉しくて、また涙が溢れてきて、あとは結局二人で泣き崩れてしまった。わんわんわんわん。涙が流れる限りずっと泣いた。夕焼けが俺らを優しく包み込んでくれた。

一通り泣いてしまうと何だかとても落ち着いて、言いたかったことが不思議なくらい簡単に言えた。
「俺も好きだよ」
泣き張らした真っ赤な顔でヒロトは小さくありがとうと言った。

「涙が出たのも、素直に言えたのも。ユリの花のすっとした香りが俺を正直にしてくれたのかもしれない」
そうヒロトに言ったら、彼は、「たまにはキザなことをしてみるものだね」と呟いた。その言い方がなんだか可笑しくて、笑ってしまったらヒロトが、笑わないでよ!と困ったように言った。ごめん。と言いながらもやっぱり俺が笑い続けてると、自然とヒロトも笑顔になって、あげくの果てには二人で笑いだしてしまった。
泣いた後に笑うなんて不思議な気がするけど、それもこの白い花と夕焼け色の部屋のお陰かな。そんな気がするな。とりあえず後でユリの花を差す花瓶を用意しないとなあ。と俺はふわふわした気持ちになりながら考えたのだった。


This was written for FLOWER to CHILDREN

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