ドケチ精神の嫉妬心と世界中の水槽を満たす愛。
(♂夢/忍卵/綾部喜八郎/砂吐きバケツ用意)
奇妙な光景が広がっていた。穴堀小僧と名高い綾部喜八郎が、鋤に縄を括り付け、一本釣りのように●○を引きずっている。鋤と繋がった縄が首に掛かってるもんだから○は抵抗しているが、両足も縄で自由を奪われているため水から上げられた魚のようにビッタンビッタンと跳ねるしかできなかった。縄と首の間に手を挟んで必死に呼吸を確保しているが、明らかにそれは拷問だった。喜八郎は遠慮なくそれを引きずっている。同じところをぐるぐる回ってるのを見るに、目的は○を痛ぶることらしい。
「きはっ…きはッ!きはちろぉおおおッ!!ぃいやぁあああ首が絞まるぅううう!!袴脱げちゃうよぉおおお!」
彼らの遠くで立花仙蔵が爆笑しているが、○は必死だった。誰でもいいから助けて!という視線を、引きずられながら発見した滝夜叉丸や同じ組のタカ丸や同じ生物委員の先輩である八左ヱ門に送ったが、みんな薄情な笑顔を浮かべて○を見送った。
裏切り者!という心の叫びの直後、急に喜八郎が足を速めて肉体への虐待を強めるものだから、○の意識はまた全力の呼吸の確保へ向かうのだった。
「喜八郎!!止まって止まって!!僕死んじゃうからああぁぁあ!!」
「ドナドナドーナードーナー」
「聞いてぇええッ!!」
ぎょわぁあああああ!!という叫びがこだまし、喜八郎は校庭を走り抜けた。気が済んだのか、はたまた次なる拷問をするのかは傍観していた彼らの知るところではない。
喜八郎は長屋の裏に来たところでようやく足を止めた。拷問行為を始めて以来、初めてちゃんと○に体を向けた。鼻から魂を放出して気を失っていたので、鋤で魂を鼻まで押し戻した。仕上げに鋤で額をごつんと突いてやれば○はやっと目を開けた。喜八郎を見留めると逃げの体勢に入ったが、足はまだ固く縛られていた。その上喜八郎に襟をがっちりと掴まれたため、完全に逃げることが出来なくなった。
喜八郎が腰を折って○と視線を合わせると、途端に口を開く。
「ばぁか」
一瞬の間の後、ぽかんとした顔で○は至極真面目に返した。
「…つんでれ?」
ゴン、と喜八郎の鋤が○の頭を叩く。今度は力加減がしてあって、叩くというよりはむしろ当てたと言ったほうが正しい。そのまま喜八郎は物言いたげな目でじっと○を見つめ、○は緊張しながら喜八郎が話すのを待った。
しばらくそうしていたが、不意に喜八郎が動いた。手にしていた鋤を放し、ぎゅうと○の胸に抱きついた。からんと地面に倒れる鋤の音が耳に届いた。「お…?」と事態を飲み込めずに漏れた○の声は宙を彷徨い、○の手は迷った後に喜八郎を包んでよしよしと頭を撫でた。
「喜八郎?どーしたの…?」
○の問いに喜八郎は答えず、ただ抱きつく力を強めた。どちらにせよ、○はその場から動けなかったため、そのまま喜八郎を包み込むことにした。
しばし時間が経過した。
快晴に流れる白い雲を目で追い、いい天気だと思った。
鳥や風の声が、遠くの下級生のはしゃぎ声に混ざって聞こえてくる。
―――○のばか。
ほんの小さく、下の方からそんな拗ねた声が聞こえてきた。○は視線を喜八郎に戻し、また優しく頭をぽんぽんと撫でた。
「だって僕、は組だもん」
「ばか」
「うん」
「○」
「僕だけを見て」
○は一瞬息が止まった。なるほどすべての原因はそういうことか。
全てのことに合点がいって、ぷっと笑い声が漏れた。あの拷問がヤキモチゆえのことなら、彼はなんて可愛いことをしてくれたんだろう。○は破顔して、実に嬉しそうだった。
「ばっかだなぁ喜八郎」
「僕は○と違うよ」
「でもバカだよ」
○は喜八郎の肩に手をやり、体を離させた。喜八郎は相変わらず拗ねた顔をしている。それに愛しさが沸いてきて、○はクスクス笑った。不意に喜八郎の頬を包み、彼が何事かと思っている隙に素早く唇を合わせた。柔らかい皮膚からお互いの温度が流れて心地よかった。
合わせるだけの口吸いを離すと、○は太陽のような笑顔で言った。
「僕が好きなのは、喜八郎だけなのに」
ね、と滑らせるように頭を撫でてやると、喜八郎は黙った。口吸いの感触を黙って噛み締めているのだと○にはわかっていたから、そのまま喜八郎に触れ続ける。喜八郎が口を開いて何かを言おうとしたので、○は顔を寄せてどんな小さな声も逃さないようにした。
「…許してあげない、こともない」
素直じゃない。とは思っても言わなかったけど。本当はもう許してくれてるくせに、とも言わなかったけど。
喜八郎は○がそう察していることを絶対に知っていながら、知らないふりをした。だから○も何も察していないふりをして、喜八郎の言葉に答えた。
「じゃあ、どうしたら許してくれるの?」
誰とも疾しいことをしていない○は、むしろ許してもらうための罪なんかありはしないのだが、いちいち気にしていたら二人はとっくに共にいるのをやめている。○は喜八郎の嫉妬深さもそれ故の八つ当りも、己にのみ向けられる彼の恋心も全部愛しかった。彼のわがままは何よりも可愛らしく、彼との時間は唯一で永遠なのだ。どんな仕打ちを受けようと、それだけで全てを許す理由になった。
○の手を取り、それをぎゅうっと握って頬に当てる。○の体温を感じながら喜八郎は言った。
「もっと、して」
ほら。やっぱり世界で一番可愛い。
○は最高の笑顔でうん、と答えて、喜八郎の手を取って優しく口吸いをした。
「大好き」
翌朝の食堂。
「あれ滝夜叉丸、どうしたのその顔!うわぁ痛そう…」
「ッなんだと○!よくもぬけぬけとそんなことが言えるなぁ!そこへ直れ!!」
「ちょっとちょっとなんだよぉ!だわぁあああ!?」
その後四年は組。
「タカ丸さんもしかして髪切りました?」
「う、うん…ちょっとね」
「毛先だけとかそういう?いつも手入れしてるのに………あれ?なんかここ焦げてませんか?」
「ななななんでもないよ!自分で切ります!」
「なんで敬語?」
放課後の委員会。
「八左ヱ門先輩、なんか……汚れきってますけど」
「はは…なんか今日は僕の行く先々に落し穴があってな。気を付けてたつもりなんだけど…」
「あっ!ここ血が出てますよッ痛そう…!僕医務室まで付き添いますよ!」
「ぃぃいいいいやいやいや!いい!いい!!一人で行けるから!」
「八左ヱ門先輩!そっちはさっき喜八郎が掘った蛸壺がってあああああ!八左ヱ門先輩大丈夫ですかぁああああ!」
犯行動機は。
「だって、僕といるのに他の人を見るなんて、嫌だったんだもの」
(ちょっとしたことで、みんなみんな恋敵)