シンデレラは12時過ぎにキスをする。前
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/折寺中/貞操観念が薄い二人/それぞれがモブとの交際表現あり)
その日、キスを誘ったのは◎からだった。断る理由がなかったから勝己はそれに乗った。
短いキスの後、何か色めいた空気になることもない。いつも通りの刹那的な恋人ごっこだ。勝己と触れ合った瞬間、◎の中でカチリと、告白の鍵が開いたこと以外は。隠し事を無くす合図のようにその鍵は開く。そして◎は「今日ね」と話し始めた。
「クラスの子にキスされたの。一年の時から私のこと好きだったんだって」
突然の場違いな発言を聞き、呆然とする。怒りが沸く間もない。思考はその数秒後に動き出した。
キスをされた?
誰が?
ーー◎が。勝己以外の誰かに。
理解すると同時に沸いたのは不快感だった。自分の所有物が、知らない間に知らない男に触れられた。然るべく湧いたその不快感は、◎自身がその事実に対してなんとも思ってないことへの不満に変わった。異性から好かれる喜びも自慢も、勝己に対する顕示もない。ましてや、他の男に触れられたことに対して勝己の反応を伺うこともなかった。
「今日から付き合うことになったの」
勝己に混乱させる隙も作らせなかった。どこか浮かれて見える◎は、勝己を眼中に入れていない。強制的な疎外感に、苛立ちのままに怒鳴ることもできなかった。お前は俺のモンじゃねえのか、なんて取り乱して無理矢理こちらを向かせたら、余計に腹が立つこともわかった。無知な子供が理不尽なものを飲み下す時に似ていた。それは◎にとってその話が特別なことではないからこそ生まれた空気だった。
自分以外の誰かによって◎が恋愛に引き込まれてしまった。そんな彼女を正視したくなかった。この不快さの理由は。その思考は言葉にしたくなかった。
「そうかよ」
ただ自分を差し置いて、他の男の懐に入り込む◎が気に入らなかった。自分の手中にいない◎に対して嫌悪感すら覚える。
だけれども彼女の全てを拒否したり、もういらないと捨てることもできない。今し方の思わせぶりなキスに、自分の方が優先されていると思いたかった。だからキスの意図は、敢えてわからないままにした。わからない方が都合良く考えることができたからだ。
「爆豪くん、今カノジョいないでしょ? アタシと付き合ってよ」
告白とも思えない傲慢な告白をされたのは、◎の交際報告を聞いた間も無くだった。
ルックスは派手だが悪くない。態度や表情の第一印象から、告白をしてきた一学年上の先輩が気の強い女だとわかった。勝己はその人を「折寺中のマドンナ」という噂と共に見たことがあった。
「いいぜ。別に」
ろくに知らない相手だったのにOKしたのは、断る理由がなかったから。
だけどあえて、何か理由を付けるとするならば。◎には恋人がいるから、自分にも恋人を作って互いのバランスを取ろうと思っていたのかもしれない。ただ純粋に同じ立場でありたかった。それは恋愛への感化ではない。恋愛なんか今も何がいいのか理解できないし興味も湧かない。◎が誰とも付き合わなければ恋人なんていらなかった。
先輩は「やった。よろしく」と言って、早速我が物づらで勝己にキスをした。彼女の行動は全て、自分のルックスに対する自信から芽生えるものだった。
その日から勝己の側には先輩の姿があった。才能目覚ましい勝己と、モデルと見まごう美人の先輩。元より目立つ二人が共にいることは更に注目を集めることとなり、付き合ってるという噂は数日もしないうちに学校中に知れ渡った。それはやがて◎の耳にも入ったようだった。
「勝己に彼女ができたこと、光己ちゃんたちには内緒にしといた方がいい?」
光己の性格から、彼女ができたと知れば勝己を揶揄するだろうと見越して◎からそう訊いてきた。
自分たちに関する噂は勝己自身の耳にも入っている。だからどうして知ってるのかと白々しく◎に問い返す気はなかった。それを声にすれば、◎が多少なりとも自分の恋愛事情に対して関心があるのだと自惚れが生まれる気がしたからだ。だがそれは自惚れというより、そうあってほしいという願望の方が近いと言えた。
揶揄されることを面倒に思った勝己は「言ったら殺すぞ」と返して、それ以上その話に触れようとしなかった。
勝己にとって先輩は初めての恋人だったが、先輩にとって勝己は初めての男ではなかった。彼女は勝己の自尊心が傷つかないように、巧みな駆け引きで恋人関係をリードしていった。
キスをした。セックスもした。面倒くさいだろうと思っていた女の我が儘は思いの外鬱陶しくなかった。デートも何度かしたし、初めての男女交際は勝己にとってそれなりの暇つぶしになるものだった。
彼女は勝己の友人の素行の悪さを非難しない程度に優等生ではない。外見に見合った性格だった。タバコにもカツアゲにも苦い顔一つしない。そんな彼女に友人たちは理解者を得たかのようによく懐いた。勝己の暴力にも肯定的だ。むしろ、上級生から売られた喧嘩を漏れなく買っている勝己に対して刺激を求めている節すらある。
元より勝己は成績は優秀であれ、素行や態度から模範生とは言い難かったが、交際後は更に荒れることになった。
自分たちのマドンナが生意気な下級生に取られたことは、男の先輩方にとっては面白くない出来事らしい。勝己はこれまで以上に育ちの悪い先輩方から喧嘩をふっかけられることになった。その全てに勝己は勝ち、その度に彼女は勝己を気に入った。
◎は勝己の暴力から目を逸らす。勝己に殴られた出久を見て、痛そうと言って泣く少女だった。勝己にとって先輩は、喧嘩の世界に初めて入り込んできた女だった。
勝己ら男子三人組に、勝己の恋人が含まれる形で四人でいる時間が増えた。彼らは親しい関係を築けていたし、周りからもそう見られていた。
美人の先輩と付き合っていることは、それだけでステータスだ。不満がなければ別れる必要もない。周りからの羨望も嫉妬も気分が良い。
折寺中の中で四人は目立つ存在になっていった。それと同時に好奇の目も多くなっていく。
そうしている中でも、◎は以前と変わらず勝己と学校で話そうとはしない。見ようともしない。勝己はそのことに、わずか、心に澱を降らせていた。
言葉にするほどの不満はない。ただ満足しない。それだけのことだが、心の産毛は逆立っていく。撫でつけようとしても、挫折を知らない勝己にとって逆立つ心に触れることは容易ではなかった。他人の手ならば、そもそも彼の心に届きもしない。だから誰かに相談するつもりは毛頭なかった。
ただ一人、勝己の安寧に繋がる人がいる。その人ならばうまいこと勝己の心に触れることができるだろう。
誰に触れて欲しいのか。
わかりきっているその答えを勝己は頑に隠した。自分だけが彼女を求めていることを認めたくない意地だった。
勝己は先輩を家に呼んだことはない。かつ、勝己と◎は学校では疎遠なふりをしている。
にもかかわらず先輩が◎を知ったのは、今でも勝己とつるむ幼馴染の伸藤が、◎への幼い恋を未だに抱えているからだ。
何かの折に伸藤が◎の話を出し、仲間内の滋牙が伸藤を揶揄し、彼女も面白がって悪ノリする。そうしている間に彼女は、勝己が幼少期に唯一仲良くしていた女子が◎だと知った。伸藤をからかうふりをして◎のことを根掘り葉掘り聞きたがる。勝己が◎の話題を避けるのも、彼女は軽く捉えなかった。彼女は◎の顔とクラスを特定して、ある日勝己のいないところで◎の教室まで赴いた。
「◎ちゃーん」
「? 、はい」
初対面とは思えないフレンドリーな態度で◎に声がかかる。中学生にしては派手な外見である彼女は、◎のクラスでも視線を集めた。
◎は彼女の顔を覚えていたが、話しかけられる覚えはない。彼女の用事なんて見当もつかない。そういう態度で出迎えた。しかしその内で、自分たちの間に直接の関わりがなければ、どうせ勝己と自分の昔話をどこかで聞いたのだろうと察してはいた。飽き飽きしたが、態度には出さなかった。
「アタシ勝己と付き合ってる××っていうんだ。はじめまして。幼馴染なんでしょ? 今日の放課後空いてる? 一緒に遊ばない? 勝己の昔の話とか教えてよ」
「それなら伸藤くんに聞くといいですよ。今でも一緒にいますから」
「◎ちゃんから聞いてみたいんだよね。付き合ってたーって言われてたんでしょ? そん時の話とかさぁ」
「周りが男子と女子で分裂してた中で仲良くしてたから目立ってただけです」
やはりそこに食いつくのか。数年振りでもその話題を出されると「またか」と呆れてしまう。無遠慮な彼女は◎の得意なタイプではなかったが、彼女の素行の悪さも耳に入れていたので、厄介ごとに巻き込まれないことを考慮して言葉を選んだ。
「ふーん。やっぱ仲良かったんだねー。タイプ全然違うのに」
「そうですね。でも小学校の途中までですよ。今は全然話してません」
「勝己のこと好きだったでしょ」
「そう訊かれると少し抵抗ありますけど……友達としては……はい、好きでしたよ。でもたぶん先輩が思ってるような気持ちはないです」
「うっそー。なんで? 勝己ちょーかっこよくない?」
「彼氏いますし、私」
「あ、マジ? そうなんだ。じゃあ今度ダブルデートしようよ」
彼女の声の端々に隠しきれていない棘がある。どうして自分はこの人に嫉妬されているのだろうと、◎は辟易すると同時に苛立った。学校では疎遠なふりをしてはいるが、◎は今でも勝己と兄妹のような間柄だ。勝己の恋人の立場を奪うような言動はしていない。少なくとも、人の目のある場所では。
早く立ち去って欲しい。しかし◎から勝己への恋愛感情が皆無であることを知り得るまでこの人はきっと◎にこだわるだろう。そうすればするほど、彼女を通じて◎と勝己の学校での接点が生まれてしまうことをこの人はわかっているのだろうか。同じ土俵に立たせて自分が優位であると認めさせたいのだろうか。こういうのを女のプライドというのだろうか。そうあれこれ考えながら、どう躱そうか考える。勝己のことが好きならば、勝己だけに意識を向けてほしいのに。
「先パイ、なーに絡んでんすか」
廊下からそう声をかけてきたのは伸藤だった。普段なら彼の登場は全く嬉しくないが、今だけは彼にほんの少しだけ感謝した。そう思えたのは伸藤の隣に滋牙もいたからだ。彼は素行は悪いが、勝己の友人の中では比較的分別のある人間だ。表立ってなら、事を荒立てようとはしないはずだと◎は見た。
「話してるだけじゃん」
「いきなり知らない先輩が来たらビビりますって」
「そう? 私のこと知らない?」
「噂だけなら」
「噂? なに何どんなの?」
「爆豪くんと付き合ってるとか、モデルみたいとか」
喧嘩の現場を楽しんで見ているとか、カツアゲに積極的だとか、そういうイメージの悪い噂は言うのを控えた。
先輩は満更でもなさそうに「照れるなー」と嬉しそうに笑った。そして頬をぷくっと膨らませて、伸藤と滋牙に可愛く怒るようなポーズをする。
「ね、大丈夫じゃん」
知っているからといって、教室の出入り口で人を捕まえて通路を塞いでいる行為を大丈夫と取って欲しくはなかった。不良が登場してきたせいでクラスの友人からは心配そうな視線が来るし、教室を出入りしようとしている生徒は迷惑そうな顔をしている。さっさと立ち去ってくれないだろうか。
勝己がいたらまとめて連れて行ってくれそうなのに。だが期待して彼らの背景に視線をやっても勝己の影も形もない。呼びつけた割に興味のない話を往復する彼らの声を聞き流しながら、せめて早く先生が来てくれないかなあと考えていた。
「あの」
自分の頭より高い場所から声がかかり、四人は声の方を見た。制服をきっちり着こなした好青年風な男子が、◎の後ろからやや緊張した面持ちで先輩を見ている。◎の交際相手だ。
「綿貫くん?」
不良グループとは全く縁がない彼の登場に、◎は少し戸惑った。緊張しているのは何か怖い目に遭う想像をしているからだろう。それならば大人しくしていても良かったのに。
◎の声に、彼は一度◎を見下ろした。視線が絡まった後に改めて意を決した様子で息を吸い、再度先輩を見た。
「もうすぐホームルームなので……先輩も教室に戻った方がいいんじゃないでしょうか」
丁寧な口調に緊張が含まれているのは誰の目から見ても明らかだった。先輩はハ、と息を吸い、大袈裟に驚いたような顔を変えた。いじめっ子がいじめられっ子から意見された時に見せる余裕の演出に似ていた。彼女はその表情のまま◎と綿貫を目だけで交互に見た後、これまた大袈裟にわかりやすい笑顔を見せた。
「オッケー。りょーかいりょーかい。◎ちゃんまた話そうねー」
彼女の逐一の反応に何かされるのではないかと気構えていた綿貫は、思いの外あっさり引き下がってくれた彼女にほっとした。彼らが立ち去るのと同時に二人も教室へ踵を返したが、廊下から◎の二の腕が軽く叩かれた。振り返ると、珍しく少し心配そうな顔をした伸藤が◎を見ていた。
「なんかヤなこととか言われたら言えよ」
彼にも人を気遣うことができるのかと、少しだけ感心する。勝己と一緒にいた頃は散々◎に意地悪をしていたから彼を見直しそうになった。伸藤の意地悪は実のところ、好きな女の子の気を引きたくてしてしまう幼い少年の過ちだったが、嫌なことをされ続けた◎の中では未だに彼の心証が悪い。
「うん」と小さく答えた後、◎の背中に手を置いた綿貫に教室の中へ誘導された。
伸藤は二人の方へ戻って行ったが、先輩は興味深そうに◎のクラスのドアを眺めていた。
「あれが◎ちゃんのカレシ? 王子様ってカンジー、背高いし爽やか系だし、なんかスポーツやってそー」
「●って付き合ってるやついるんスか」
「そう言ってたよ。奪っちゃいなよ聡指」
「いや……ちげぇっつってるじゃないスか」
「バレバレだって! さっき◎ちゃんに何言ってたの? 言えよこのヤロー!」
勝己はバスケの助っ人。
その日の帰り道、彼女は勝己を家に誘った。彼女は鍵っ子で、家に招くことはつまりセックスへの誘いだった。
伸藤と滋牙は駅前でぶらついてくると先に別れた。二人は道中
「アンタ今日昼練来なかったな」
昼休みのことを指していた。
「私がいなくて寂しかった?」
「妄想で会話すんなや。うるせーのがいねーから聞いただけだろうが」
「もー、勝己ってすぐ怒るんだから。昼休みはねー、◎ちゃん見に行ってたよ」
「はあ?」
「◎ちゃんって彼氏いるんだってさ。勝己知ってた?」
「ンなもん俺に関係ねえだろ」
「でも小学校の時チョー仲良かったんでしょ。気になんない? フツー」
「知るかよ」
「勝己ってさぁ、あの子の話になるとすーぐ突っぱねる反応だよねー。自分で気付いてる?」
勝己の反応を探る態度に、反射的に眉間がぴくりと痙攣した。勝己が足を止めると彼女も合わせて歩を止める。機嫌を損ねた勝己に対して、彼女も不貞腐れた表情を隠さなかった。
「なんなんだよ。ウザってぇな」
「私と◎ちゃんのどっち好きなのかなって思ってるだけ」
「ああ? なんであいつが出てくんだよ」
「だって勝己、私に好きって言ったことないじゃん」
「言わねえでもわかんだろ」
「はあ? わかるわけないじゃん」
「付き合ってんだろうが」
「わかんない。私が好きって言いなさいよ」
「ウゼェ」
それ以上は話す気も起きない。それを終止符にして再び歩き出した。
彼女を追い越した時、苛立った口調が勝己にかかった。
「ねえ知ってる? あの子、昔は勝己のこと好きだったんだってさ」
瞬間、勝己は振り返って手に持っていた缶を彼女に投げ付けた。中身の炭酸飲料はまだ残っており、軌跡を残すように飛沫を散らす。彼女は顔を伏せたが、缶は頭にぶつかって放物線を描き、鈍い音を響かせて地面に落ちた。ビシャと頭から中身を浴びた彼女は缶が当たった箇所を押さえ、缶から地面に流れていく炭酸飲料を信じられない気持ちで見た。
「痛った……」
「勘ぐってんじゃねえよ! 気分悪りぃ!! 死ね!!」
怒鳴りつけた後、勝己はそのまま彼女とすれ違い来た道を引き返した。こんな状態でセックスをしようと思わなかった。
その足で帰宅した時、家の門の前に◎と、長身の男子がいるのが見えた。彼単体だけで考えれば、勝己にとってはモブ以外の何者でもない。だが◎の交際相手だと認識した後はいとも簡単に覚えてしまった。名前はたしか綿貫で、◎と一緒に学級委員をしているはずだ。
何を話しているのかわからないが、二人の雰囲気は和やかだった。品行方正な少女と爽やかな少年は、一般的に見ればきっと似合いなのだろうし、勝己の目から見ても仲が良さそうに見える。そのことが気に入らない。喧嘩別れしたばかりの自分に対する当てつけのように感じてかなり苛立った。
綿貫が◎に向かって屈みかけて、◎が上を向いた時、何をするのか察して反射的に手のひらから爆破を起こした。爆破の規模は手のひらの上に収まる程度だったが、夕暮れの住宅街ではそれなりに音は響いて綿貫はビクと体を起こした。反射的に音の発生源を見た時に勝己と目が合い、彼は急に後ろめたそうに視線を伏せる。勝己が苦手なのか、キスシーンの間際を見られた気まずさなのか、その両方か。◎も勝己を見たが、勝己は◎を見なかった。
勝己が門の前まで来ると、隣家の門の前から相変わらず棒立ちになっている綿貫に向かって、心底機嫌を損ねている声を吐き捨てた。
「人んちの前でイチャついてんじゃねえよ。ちったぁ場所考えろやクソモブがよぉ」
そのまま睨みつけていると、綿貫は平素よりいくらか小さな声で「うん……そうするよ」と答えた。綿貫の交友関係は極めて健全だから、勝己のような態度の悪い同年代に慣れていないのだ。
その場から動こうとしない男二人の意図を察したのは、間にいる◎だった。綿貫は◎と別れの挨拶をするまで帰りたくないのだろうし、勝己は綿貫を追い払おうとしている。このままどちらが先に動くか、その耐久戦を見届けるほど、男の意地に興味は湧かなかった。
「それじゃあ、また明日ね」
◎は綿貫の腕に軽く触れてそう告げると、さくさくと玄関まで歩いていった。残された綿貫は触れられた腕を見て、彼女の軌跡を追うように◎の背中を見送る。ああ、行ってしまう。そう考えているのは顔を見ればわかった。
どうやら◎に心底惚れているらしい綿貫と、そんな彼を相手にしてやっている◎に、勝己はひどくイラついた。不快感で体温が上がりこめかみの血管が脈打つほど、この二人に対する嫌悪感が沸き上がった。
勝己はわざと大きな音を立てて門を開け、勢いをつけてガシャンと閉めた。とっとと消えろ。二度と来んな。そういう意味を込めて。
◎はその日もいつもと同じように爆豪家へ夕飯を食べに来たが、先ほどの出来事について後ろめたさは感じていない様子だった。苛立ちが全て消えたわけではないが、◎が横にいればふてくされる程度のヘソの曲げ方で収まった。あれこれと文句をつけるのは格好悪かったし、綿貫のことを言えば◎へ固執していると思われそうだ。自分たちは対等。その均衡はどうしても崩すわけにはいかなかった。