十傑一話:前






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/十傑パロ「成り上がり勝己と奴隷娼婦notヒーロー志望。」より/邂逅)





 食材が枯渇しているのを忘れていた。昨日だけの話ではない。このところ夢見が悪いせいで記憶力が頼りなかった。
 見るのはいつも同じ夢。同じ夢を見ると一日の始まりにうんざりする。日が高くなるにつれて夢のことは忘れるが、辟易した気分は残る。



 勝己は現在山間の家屋に一人で暮らしている。昔は誰かの住まいだったようだが、ここを見つけた時にはもう蜘蛛や虫が我が物ヅラで巣を作っていた。それを人間様が乗っ取って住み始めたわけだ。
 周りは森。人が作った道はかろうじてあるものの、近場に人が住んでいる様子はない。何か食べるためには町に下りる必要がある。
 火を起こして野生の生き物を狩って畑を耕す発想はあったが、自給自足の生活に人生を捧げるような農家気質は勝己にはなかった。それよりも、食の時間は出来るだけ割き、常に強い魔物と戦って鍛錬を積み戦闘力を高める方が性に合っている。それに何も食わないまま数日を過ごすくらいのことは慣れている。そういう慣れもあって買い出しを忘れたのかもしれない。

 今日は早めに切り上げて町に下りるかと、残り物の食材とパンを焼き、腹ごしらえをして勝己は家を出た。
 勝己が外に出ると、広けた地面に伏せていた赤いドラゴンが頭を上げた。直立すれば木々から頭が出るほどの巨体で、頭部から後ろに伸びる形で二本の角と大きな翼が特徴だ。いつかの戦闘の折に勝己に敗北してから彼の従者となった。勝己は身軽にドラゴンの首に上り、角を掴んで姿勢を安定させた。

 勝己が乗るのとほぼ同時に、ドラゴンは翼を仰ぎはじめた。やがて巨体は地面から浮上し、森の木々より上空へ飛んでいく。

 行き先は強い魔物がいるダンジョン。それはもはや勝己が命令するまでもないことだった。








 魔物は財源だ。
 倒した後はほとんど放置するが、数体は首と体を切り離した状態で町に卸す。皮、角、爪、骨などは武器防具や日用品などに加工される。肉はたまにレストランに卸され、そうでない場合は家畜の餌か他の用途に使われる。強い魔物ほどいい値段で売れた。勝己にとってはいい商売だった。

 群れをなぎ払い、その中で金になる魔物を外に運んでいつもより早く切り上げた。ドラゴンに魔物の残骸を載せている時、景色の遠くでちらと何かが動いたのが見えて手を止める。目を凝らすと、木々の間から馬車が姿を見せた。そしてその荷台には檻があった。

 (馬車……? 荷車に女……奴隷か?)

 この辺りには人は滅多に通らない。野生の魔物の生息地域だったからだ。現在は勝己の手によって数が減ったが、それでも完璧に安全ではない。



 この時、勝己には何か予感があった。
 そのまま通り過ぎることに後ろ髪が引かれる。自分の予想が正しいとしても、奴隷に同情しているからではない。理由はない。ただ、いつも通りの行動をしていないから、いつもは考えないことを考えているだけかもしれない。
 どうにもすっきりしないまま見過ごすことができず、勝己は下りることにした。何もないのを確認できればそれでいい。


ドラゴンに乗り、その馬車の真上に来たあたりで勝己は下を見た。前後に人がいないことを確認して、角から手を離す。

「先に行ってろ」

 一言言い捨てると、勝己はドラゴンから飛び降りた。掌から出た汗を爆破させ、落下の速度を落として着地する。マントがひらりと風を受け、勝己が歩き出すと後を追うように靡いた。

 馬車は緩やかに進み、車輪が回る音がゴトゴトと聞こえる。嫌いな音だった。
 後ろの荷台には傘がかかっていない。中には女が五、六人いるのが見えた。籠の中は見るからに陰気で、視界に入れるだけで気分が悪くなってくる。

 その中に、記憶のピントがズレて重なった女がいた。怯えと陰気が詰め込まれた女の群れの中で、彼女だけは何の感情も持たぬ表情で外を眺めていた。そいつだけが人形なのかもしれないと疑うほど。しかしそれは錯覚だった。彼女の視線は飛び立つ鳥を追い、それに伴って首が動いた。その先の視界の中に赤色を捉えると、彼女の目は勝己を見た。視線が交錯したと思ったのは一瞬だけだった。彼女の目は勝己を捉えているのに、その遙か後方の森を見ている。視線が合っているはずなのに、やはり人形を見ている気分だ。その人形に、既視感があった。

 ◎。

 心の中で呼ぶでもなく、ただその名前が出た。木を見て反射的に「木」という言葉が頭に浮かぶように。

 鼓動が早まる。他人の空似? それとも今までずっと生きていたのか? 仮に◎だったとして、自分は何か果たしたい未練でもあるのか。
 思考が混乱と共に渦巻く。次に出たのは思考の結論ではなく、衝動だった。

 勝己は掌から爆破させ、木を避けながら森を突き抜けた。突然の爆発音に馬は鳴き、馬車の進行は止まる。小太りの御者は状況を把握できないまま不安な表情で辺りを見回した。馬車の行手を阻むように、勝己は進行方向上に姿を見せる。

「テメェ、人の縄張りで何してやがる」



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