シスター:今日からここが君の部屋。






 オールマイトが案内するまま、◎は教会の脇から敷地の奥に進んだ。教会の裏にある庭の向こうに二階建て一軒家があり、そこが居住スペースらしい。先ほどオールマイトに何かを指示された勝己が玄関から中に入っていく姿が見えた。庭は子供が鬼ごっこできる程度には広く、陽当たりがいい場所に今はシーツが干されている。天気がよければすぐに乾きそうだった。

 一階にはキッチンやトイレや風呂などの水回りの設備。奥で物音がしたので勝己が何かをしているらしいが、オールマイトは◎を二階に案内する。二階には部屋が四つ。そのうちの一番奥の部屋に通される。部屋にはベッドと机とタンスが一つずつ。以前いた修道院の部屋とほとんど同じだった。違うのは一緒に暮らす人と、窓の外の景色だけだ。

「ここが今日から君の部屋だよ。何もないけど、好きに使っていいからね」

「はい」

「シャワーとかトイレとか、洗濯機は一緒に使うことになるんだけど……そういうの大丈夫? オジサンと同じお湯に浸かるの嫌じゃない……?」

 長身と年齢の割に年頃の女子みたいなことを言い出す人だと思って彼を見ると、肩を縮めて両手を前で合わせて仕草まで女子のようだった。他人と共同生活をする上で衛生面への意識を鈍感にすることは大事な要素だ。その鈍感さは既に身につけていた。

「いえ、修道院に入る前は父と二人暮らしでしたし……」

 そう返事をした直後。部屋の外、おそらく下の階からバタンと勢いよくドアが閉まる音が響いて反射的にビクッと肩が跳ねた。その後足音がギッ、ギッ、と階段を上ってくる。この部屋に向かっているのだろうか。勝己だろうか。それとも玄関の鍵が開いていたから、もしかして泥棒でも潜んでいたのだろうか。否、それにしては足音が堂々としている。そう思っている間に、部屋のドアが開いた。

「おい、シーツ取り込んだぞ」

 勝己だった。
 そして◎は、オールマイトが庭を指差して「お願いしてもいいかな」と何か頼みごとをしていたのを思い出した。長身とはいえかなり細身なので、何か力仕事でも頼んだのかと思っていたが。

(シーツ……?)

 意外だった。洗濯物を取り込むなんて女でもできる仕事だ。そういうことを嫌がりそうな人だと思っていたのだが、◎を教会まで案内してくれたことといい、内面は見かけに――というか態度に――よらないのだろうか。

 勝己はシーツを突っ込んだ洗濯籠を抱えて、二人を横切って部屋の中に入って来た。そういえばとベッドシーツがないことに気付く。そして、さっき一階で何かをしていたのは洗濯籠を取りに行ってたのかと理解した。オールマイトが勝己にありがとうと言いながらベッドに近付き、二人でベッドシーツを掛けようとしているのを見て、◎はトランクを床に置いた。

「私がやります」

「でも疲れてない? クロッシェルから来たんでしょ?」

「長旅でしたけど、これくらい平気です。私の部屋ですし」

「シスター◎が来る前に終わらしとくつもりだったんだけどね」

「本人がやるっつってんだからやらせとけや。おら」

 目の前で繰り広げられる気の遣い合いが二往復もしないうちに勝己は嫌そうな顔を見せ、手にしていたシーツを◎に差し出した。◎がそれを受け取ると、勝己はオールマイトに向き直った。

「後はねえだろうな」

「うん。助かったよ。ありがとう爆豪少年」

「今度こそ帰んぞ俺ぁ」

「うん、また金曜日にね」

 勝己は宣言通りに帰るらしく、振り返らないまま、オールマイトへの返事の代わりに軽く手を上げて部屋を出て行った。◎も別れの挨拶くらいは言おうと思ったのだが、それを伝える隙もなく勝己は部屋の外へ消えてしまった。結局彼がどういう人物なのか掴みきれないままだった。

 シーツを広げてベッドマットに敷きながら、オールマイトはちらと◎の様子を見てから口を開いた。

「彼、口は悪いんだけど、よくボランティアとか手伝ってくれるんだ」

「そうなんですね」

 やはり親切ではある人らしい。認識はあながち間違っていなかった。ただ、口や態度が悪いのは問題だと思うが。
 勝己の話が出たついでに、◎は二人の会話で気になったことを尋ねた。

「金曜日に何かあるんですか」

「うん。私が牧師として学校にお話をしに行くから、その時に会うんだ」

「へえ」

 以前いた街、クロッシェルにも似たようなことがあった。学校へ訪問して聖書を読み上げて、その内容に合わせたお説教をする、というものだ。その他にも社会福祉活動に参加したり、幼稚園の教育事業に携わったりと、町と接する活動はそれなりにあった。

「シスター◎にも、来週から参加してもらうから」

「え?」

 基本的に、若いシスターが担うのは肉体労働で、ありがたいお話というのは年長者が行う。何か設営が必要だったりするのだろうか。もしかして今までは勝己がそれを行っていたのだろうか。そう思いながら、拒否する気など毛頭ない◎ははい、と素直に返事をした。



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