ここではないどこかの君。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望/診断メーカーより)
notヒーロー志望のお話は
「やあ、また会ったね」という台詞で始まり
「そうして何事も無かったかのように振る舞った」で終わります。
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「やあ、また会ったね」
休日のショッピングセンターで、旧知の仲のような気安さで男は勝己にそう声をかけた。壁に寄りかかりながらスマホをいじっていた勝己は怪訝そうに顔を上げる。同い年くらいの男は朗らかに微笑み、確かに勝己を見ていた。視線が重なったことから自分に声をかけたのだとわかったが、間違いなく初対面だ。何がまた会っただ、と勝己は眉間を寄せる。
「失せろモブ」
無礼には無礼を返すように勝己は無下に答えた。相手が顔見知りで礼儀正しく接してきたとしても、勝己は無礼で返したかもしれないが。
相手は怯む様子もなく、勝己がそう反応するのをわかっていたように可笑しそうにふふ、と小さく笑った。そのことが癪に障り、勝己は背中を預けていた壁から離れて男を睨み付けた。身長は勝己よりもやや高い。
「ンだコラ、ムカつくなテメェ。ケンカ売ってんなら買ったんぞ」
「そう見える? でも俺、弱そうだろ?」
「雑魚の自覚があんのにこの俺に絡んできやがるたぁいい度胸だ」
「まあまあ。知ってるはずなんだけどな、俺のこと」
「ああ!? 知るかテメェなんざ!」
胸ぐらを掴み間近で凄む。それでも男は余裕を崩さなかった。不穏な空気を察した周囲の客たちが遠巻きに二人の様子を見る。雑踏の中で「警備員とか呼んだ方いいんじゃないの……?」という女の囁き声が聞こえた。
この場で勝己が手を上げないことを男は確信しているようだった。緊張が走るその場の空気を崩したのは、トイレから出てきた少女だった。出てすぐ、自分の幼馴染が見知らぬ男の胸ぐらを掴んでいる状況にきょとんとした。
「どうかしたの?」
◎の声はまっすぐ勝己に向いていた。先に彼女へ視線を移したのは男の方だった。その男の視線の中に幼馴染が収まることすら腹が立つと言いたげに勝己は眉間のシワを深めた。が、反射的に捉えた◎の姿と、男の顔を同時に視界に映したとき、何か違和感を抱いたように表情を歪める。
男は◎の姿を見て、独り言のようにぽつりと言った。
「そうか、ここでは女の子なのか」
「え?」
落胆が混じったような声に、◎は聞き返した。ここでは女の子。どういう意味だろう。
しかし男は気を取り直した様子で朗らかに微笑んで、降参するように両手のひらを勝己に見せた。
「ううん、なんでもないよ。悪かった、人違いだったみたいだ」
勝己はしばらく睨んでいたが、もう絡んで来ないことを察して掴んでいた胸ぐらを離した。男は服を直し、周囲の人々は胸をなで下ろして再び人並みが動き出す。この不審な男が幼馴染に手を伸ばす前に、勝己は◎に近付いていく。いまいち状況を掴みきれていない◎は、勝己を見ながら首を傾げた。
「誰?」
「知るか。行くぞ」
そう言って勝己が振り返ると、男はいなかった。そのことに驚きビクと足を止める。周囲を見ても先ほどの男の影も形もなくなっていた。たった二、三秒程度の間に姿を消したというのか。そういう個性なのか。警戒心は残るが、勝己は一つ胸の中に残る気持ち悪さに思考を落とした。
男は◎と同じ顔をしていた。雰囲気も物腰の柔らかさも似ている。◎が男だったら、あんな風な喋り方をするかもしれない。
「あれ、さっきの人」
◎も辺りを見回したが、彼の姿を見つけられないようだった。勝己は何か釈然としない気持ちで◎を見る。
「……お前、ツラの似てる従兄弟とかいねえよな」
「え? うん。似てるって言われたことは誰からもないわね。それに誰も勝己のこと知らないし」
だよな、と思いながら、勝己は納得していない顔をした。何か考えているらしいことはわかったが、◎にとっては先ほどの男はどうでもいい人間で、本人も人違いと言っていたし、自分たちには関係ないのだから何も気にする必要はないだろうと思えた。
「ねえ、『ブリキのお店』に行きたい。一階のお菓子屋さん」
「はあ? 俺ァ行かねえぞ。狭ぇし男の入る店じゃねえ」
「いいじゃない。どうせ上の空なんだから恥ずかしくないわよ」
「上の空じゃねーわ! つーか今日はお前が俺に合わせるって話だったろうが! とっとと行くぞオラ!」
怒鳴ると勝己はずんずん歩き始め、登山ショップのある方へ進んでいった。とりあえず先ほどの男からは意識が逸れたらしい。◎は勝己の隣に小走りに駆けていき「帰りはお土産買うのに行っていいわよね」と訊くと、「最後だぞ。俺は入んねえからな」といつもの調子で返ってきた。そのことを確認すると◎はふふ、と小さく笑って頷いた。
そうして何事もなかったかのように振る舞った。